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02/11/03:00  ノクターン

自邸に戻り、既に眠りこけている息子の寝顔を確認した後、寝室へと向かった。
上着をソファーの端へ放ると、ボタンを外し襟元を寛げる。
今日は久々にアルコールを入れた所為だろう、頭がボウッとする。
ぐてんと背もたれに身を預け、片手で額を小突いた。
少し飲み過ぎたかもしれない。
同席していたムウ氏の所為で、ついつい加減を忘れてしまったらしい。
『時には羽目を外すのも大事って事さ!』
陽気にそう話していた彼の様が、今も脳裏に蘇ってくる。
まったくあの人は・・・。
『たまには遊んでおかないと!気付いたら眉間から皺が取れない、そんな典型的仕事人間になっちまうぞ?』
フウと熱い吐息をつき、アスランは両目を瞑る。
大きくのたまう彼を前に、自分は適当な言葉を返した気がする。
だがその頃には、既に酔い始めていたのだ。
    
  
    
其処は市街地の一角、軍敷地から程近い小じんまりとしたバーであり、ムウ氏が贔屓にしている店のようだった。
入って直ぐ、カウンターに居た女性・・・この店のママであろう、しっとりと艶やかな女性が『いらっしゃい!』と気さくに声をかけてきた。
これにムウ氏は『やあ』と声を返し、慣れた感じでカウンター席へと足を進めた。
「まあ!初めまして!」
緩やかに面前へと移動しつつ自分に挨拶をしてきた彼女に、ムウ氏は『好い男だろう?』と告げた。
途端にママと思しきその女性は、こちらを眺めるように見つめてきた。
最初に聞こえた『まあ!』という言葉からも分かる事、恐らく彼女は自分という存在を既に承知しているのだろう。
俺はやや畏まり軽く会釈をした。
すると彼女は『そうね』と呟くとだった。
「いつもので宜しい?」
微笑みを浮かべつつ、彼女は緩やかに背後にある棚へと向き直った。
出てきたのは、キープであろうウィスキーボトル。
それを流れるような手つきで、彼女は用意しだす。
大した驚きや深い詮索をするでもないその態度に、俺はホッとして腰を下ろした。
成程と思う。
カウンターと背後に数席だけ、モダンな造りをした空間内、何処かしっとりと落ち着いた雰囲気が漂っているこの店。
ムウ氏が贔屓にするのが分かる気がするな、と。
「まずは、お疲れさん!」
目の前に用意されたグラスを掲げ、彼は自分を見やった。
同じくグラスを掲げ、自分もそれに口づける。
芳しい琥珀色をした液体が軽く舌を焼き、乾き果てていた喉を濃く潤していった。
この一口が仕事の疲れを癒していくよう。
 「いつもご苦労様!」
そうして自分と彼との間に、コトンと置かれたチーズの盛り合わせ。
これはいつもよしなにして下さっているから、サービスよ!と口添えた女性に、ムウ氏は目を細め、それから微笑み『ありがとう』と告げた。
そのさりげないやり取りの中で、ふと感じたもの。
俺はムウ氏を見やり、それからカウンター内の女性を見やった。
自分たち以外に客は皆無。
店内は穏やかに、宵の口のような景色がしていた。

  
  
正直、疲れていた事は否めない。
最近の緊迫した政治事情を受けて、軍部内は紛糾。
本国に直接的な危機が迫っているわけではないものの、国家間での力関係、その均衡が破られる事になれば、将来的な悪影響が及ぶのは必至であろう。
混迷に乗じて、暗躍しようとする輩が居ないとも言い切れない。
そんな万が一の場合を想定して、軍部内は急務の対応を余儀なくされていた。
いつ変わるとも知れない情勢に、 この国の要たる彼女・・・己の妻であるその人も、事態の打開に奔走。
ここしばらく緊張状態が続いていたのだ。
そんな中、現地からの情報と、軍部が独自に仕入れた情報とを重ね合わせて、『一先ずは安心できるレベルまで落ち着いたようだ』という判断が下されたのが今日の午後。
ようやくといった事態に、軍部に詰めていた者等は一様に安堵、自分もまたホッとしながら帰途に着こうとしていた。
そしてそんな自分へと、飲みに行かないか?と彼は誘いをかけてきたのだ。



「しかしまあ、大変だったな。」
最初のグラスを空にしたところで、ムウ氏はポツリとそう呟いた。
軍部に拘束状態となって早10日、当初はいつ収束するのだか目途もつかない状況だった。
非常時にこそな役職ではあるが、やはり息のつけない日々が続くのは精神的に宜しくない。
部下を持つ者としての気負いもある。
「なんにせよ、平穏無事に解決出来たのは良かった。」
今回の一件について、彼は当たり障りのないように会話を続けた。
酒の勢いで下手な事を洩らしたりせぬよう、これは当然の事項である。
「と言っても、帰ったら帰ったでまた大変なんだろうがな。」
そして唐突にそう言って、ムウ氏は話題を変えた。
久々の帰宅、戻った先での光景を脳裏に浮かべているのだろう。
その顔にははにかんだような笑みが浮かんでいた。
「娘さんですか?」
自分の問いかけに、彼は答えるでもなくゆっくりとグラスに口を付けた。
だがその口元は緩んだままだ。 
「帰ったら真っ先に『抱っこ~!』とか言って飛びつかれそうだ。」
苦笑するその顔は、どこからどう見ても父親だ。
軍構内で見ている顔つきとは、180度違って見える。
その他人事ではない姿に、思わず苦笑を浮かべた。
「そっちは、確か・・・?」
彼の問いかけに、『まだ9か月です』と答える。
するとフッと息をつき、『そうか、まだ9か月か』と彼は復唱。
「そんな時期に、彼女もまた大変だったな。」
妻の事を言っているのだと、自分にはすぐに分かった。
出産後、2か月で職務に復帰。
あれから早9か月が経つが、首長として、そして母親としても、今の彼女は頑張っている。
そこに来て今回の一件だ。
急遽催された会談の為に、愛しい我が子を置いて海外へ発って行った。
『直ぐに戻る!その間、この子を頼むな!』
切ない顔つきでそう告げてきた彼女に、俺は大きく頷いてやった。
常に世界の中で忙しく立ち回っている彼女・・・カガリ。
 だが目的の為にならば、無理にでも頑張ってしまう、そういう奴だから!
『気を付けて!』
自分はそう言って彼女を送り出した。
息子の事、この国の事は俺に任せて、行って来い!と。
・・・後は無事に帰って来てくれればいい!
「夫婦共に忙しい身だし、苦労するよな?」
「ええ、まあ。」
脳裏に出立していった時の妻の姿を思い出し、俺はグラスに口を付けた。
もう間もなく帰国するであろう、その時を待ちどおしく思いながら。
「で、夫婦生活の方はどうなんだ?」
ここで唐突に問われた言葉、これに反応が遅れたのは仕方があるまい。
いきなり、かつその言葉が何を意味するのか、自分には上手く理解ができなくてだ。
「盛大な挙式から3年。子供も生まれて、順風満帆か?」
「それは・・・まあ。」
内心うろたえつつも、取り敢えず頷き肯定してみせた。
この手の質問は、時に無遠慮な聞き方をしてくる者達・・・それは記者等である・・・によって、不快な思いをする事が多々あり。
気づけば眉根を寄せていたらしい。
「やっぱり忙しいと、中々そういう営みもし難いよな?」
そんな風に呟かれ、俺は口篭った。
何故にこんな話題になっているのだかと、内心大きく疑問に思いながらだ。
すると彼はフッと苦笑を浮かべる。
「俺と君で、これぐらいの事隠し立てする間柄でもないだろう?」
「いや・・・ですが、こういう場所で、そういう事を聞くのは!」
「大丈夫だ!此処でならば安心して良い。コイツは決して、店で耳にしたことを外に洩らしたりしないから!」
そう言って、彼はカウンター内に立つ女性へと目を向けた。
途端に小さく口元を緩め、彼女もまたムウ氏を見やる。
その妙な信頼関係に、俺は思わず両目を細めた。
コイツと呼ぶ間柄。
彼とこの店のママとの間には、並々ならぬ付き合いがあるという事だろう。
俺は軽く顔を顰め、ムウ氏を見やった。
だがその横顔は至って平静。
  「もう一杯、如何かしら?」
此処で艶やかなママの声がして、僅かに意識が逸らされる。
そしてニッコリと微笑み、自分を見つめるその瞳に息を詰めた。
 「じゃあ・・・同じのをもう一杯。」
白く滑らかな手が、自分の目の前に置いてあったグラスを掴み持ち上げていく。
綺麗に手入れされた爪先が、キラリと濡れたように光って見えた。
感じるのは艶やかで芳しい、大人の女性の魅力。
・・・いやいや、考え過ぎだろう!
俺は至った予想を大きく振り払おうとした。
何しろ彼は奥さんと娘さんを溺愛しているのだ!
だから、そんな事があるわけがない!
ゆっくりとムウ氏を見やり、俺はそう自分に言い聞かせる。
其処にカランと軽やかな音が鳴り、新たな客の到来。
『あら、いらっしゃい!』というママの声を耳に、若い派手目な女性二人組が入ってくるのが目に入ったのだった。
   
   
   
   
   
2杯目のグラスに口をつける。
うまい具合にやってきた客のおかげで、生じた疑惑は意識の中へと沈んでいった。
とはいえ、消え去ったわけではない。
二人の姿を、まだ何処か懐疑的な思いで見つめていたと思う。
仕事でもプライベートでも、夫婦共に深い繋がりを持つムウ氏。
それがもし、万が一、自分が胸に抱いた疑惑の通り、このママと深い関係にあるとしたら?
掴んでいたグラスを煽り、生じた考えを一笑した。
そんな訳がない。
内心で強くそう念じ、俺は空いたグラスをテーブルへと戻した。
そして何気に腕の時計を確認する。
時刻は午後9時と45分を少し回っていた。
久々の帰邸、今夜は我が子とも再会出来る。
乳母であるマーナさん他、屋敷には優秀な侍女が居るから心配はしていないが、やはり心は一抹の不安を抱く。
映像にて、息子の元気な姿を確認してはいたものの、直に顔を合わせたその時、果たしてどんな反応されるだろうか?と。
人に囲まれ育ってきたおかげで、人見知りもなく、妻そっくりの快活な笑顔を振りまく子だ。
しかしある時、忙しさで2~3日程軍部に籠っていた自分は、帰邸して直ぐに対面した我が子に号泣された挙句、抱っこするのを拒否された事があったのだ!
『眠たかった事もあって、機嫌が悪かっただけだと思いますよ?』
マーナさんはそう言ってくれたが、並々ならぬ成長を遂げる乳児に於いて、その2~3日は2~3か月にも匹敵するのかもしれない!
やや大袈裟な捉え方かもしれないが、今回はあの時以上に家を空けていたのだ。
これはもう、どんな反応をされるやら、今から覚悟をしておいた方が良いかもしれない。
そして一人苦笑を浮かべ、目の前の空のグラスに目を向けた。
もう一杯だけ飲んだら帰るとしよう、そんな風に思いつつ。
だが直後、感じた視線!
これに俺はゆっくりと顔を回した。
すると先程この店にやってきたばかりの女性二人組、その一方が此方をジッと見つめているのに気付く。
知り合い・・・ではない、赤の他人の筈だが?
「君の事が気になるようだな。」
隣りから聞こえた声に、俺はゆっくりと顔を戻した。
「さっきから彼女、此方をずっと熱く見つめている。」
いつから気づいていたのか、ムウ氏の言葉に、俺は思わず動きを留めた。
それからもう一度、自然な素振りで女性を見やった。
すると微笑み、彼女は小さく片手を振ってきた。
 「どうする?」 
何処か面白そうな声音でそう言われ、思わず両目を細めた。
別に、どうするつもりもない。
結婚して以来、自然と人の視線はこの身に集まる。
それは国の代表であり、オーブの女獅子である彼女・・・カガリと結婚した、戦犯である元プラント評議会議長、パトリック・ザラの息子でありコーディネーターという、自分への好奇な眼差し。
彼女もまたそうであろうと、俺は半ばそう決めつけ、感じる視線に無頓着を装った。
何より、今晩は煩わしさから解放されたいと思っていたのだ。
そんな自分を横目で見やった後、ムウ氏は苦笑をしてテーブルに肘をついた。
俺は『もう一杯』とママに頼み、軽く息をつく。
だが直後に、事態は急展開を迎える。
しばらくして、カツンという靴音と共に、歩み寄ってきた気配。
「ご一緒しても宜しいですか?」
軽やかな声が耳に聞こえた。
見やれば、サラリとした長い髪を揺らして、自分を真っ直ぐに見つめる大きな瞳があった。
歳は自分よりも少し若いぐらいであろうか、赤い唇が鮮やかに目に映る。
一緒に居たもう一人も同様、その斜め後ろから微笑み此方を見つめていた。
何より目を惹いたのは、彼女たちの滑らかな体つきだ。
程よく空いた胸元、括れた腰、短いスカートからスラリと突き出た長い足。
その秀でたスタイルに、つい意識が逸れた。
これは本当についついだ!
しばらくずっと禁欲生活を送っていた事もあるし、何より疲れていた!
しかしそんな自分の反応を知ってか知らずか、彼女とその連れはニッコリと艶やかに微笑み、尚もこう問いかけてきた。
「アスラン様、ですよね?」
それまで穏やかであったこの場に、突然ギラリとした光を照らされたかのよう。
俺はハッとなり、彼女たちの真っ直ぐな目から視線を逸らした。
いや、その美しい造形をした女性達は、単に一緒に飲もうとしていただけなのかもしれない。
それでも、今晩の俺には疲れる対象でしかないと思えた。
特に、自分が何者であるかを気にする者とは、心地良く酒を飲めるとは思えない。
だから俺は端的にこう言い告げていた。
「すまないが・・・。」
断りの言葉を口にすれば、弾んでいた彼女たちの顔つきが一瞬で萎えていった。
そして最初に声をかけてきた者が『そんな事言わずに、一杯だけ!』と尚も食い下がる。
それでも『すまない』と述べれば、沈黙の後に拗ねたような声で『駄目ですか?』と切ない顔で言い募ってきた。
これに困り口籠った所で、カウンターの内からママが口を挟んでくれた。
「ごめんなさいね!今晩はお疲れなのよ。だから、遠慮して差し上げて?」
するとしばらくの後、彼女は酷く残念そうな顔で俺を見つめた後、『何よ!』と憤り背を向けた。
そして背後に居たもう一人もまた、『フン!』と鼻息荒く席へと戻って行く。
やがて荷物を掴むと、『ママ、お代ここに置いておくから!』と言い残し、二人は店から出て行った。
残されたのは妙な沈黙・・・。
「すみません。」
謝らなくてはならないだろうと、俺はママに向かい声をかけた。
自分の所為で他の客が帰ってしまったのだ。
すると艶やかに微笑み、彼女は『気にしないで?』と言ってくれた。
「きっと貴方を見て気持ちが昂っちゃったのね。」
そしてジッと俺の方を見やる。
いつもは陽気で良い子達なのよ、と付け足しながら。
「貴方が好い男過ぎるからだわ。」
茶目っ気たっぷりにそう言われて、俺は思わず口篭る。
そして肩を竦め、退避すべく顔を逸らせばだった。
「そういう反応がまた、女の気をそそるのよ?」
聞こえた声、これに手詰まりとなり、俺はグラスを煽ったのだ。
   
   
    

再び元の静けさが戻った店内、俺は新しい一杯をママに頼んだ。
流麗にアルコールを注ぐ彼女の姿を何気に見つめ、チラリと腕の時計に目を向ける。
思わぬ事が起こった所為で、帰ろうと思っていた機を逃してしまった。
余り遅くならないうちに・・・いや、乳児にとってはもう十分に遅い時間なのだが、それでも昼寝のし過ぎなどで起きている可能性もある。
そんな事を頭の片隅で思いつつ、新しいグラスを手にすると、 それに口を付けようとして・・・!
「君の意思の強さには脱帽だな。」
不意に聞こえた言葉、これに顔を向ける。
すると其処には、可笑しげなムウ氏の目があった。
彼は斜めに此方を見やり、ワザとらしく息をつくとだった。
「どうしたらあんな可愛い娘達のお願いを一蹴してしまえるんだか?」
見つめるその目にはからかうような光が点っていた。
だから俺は小さく吐息をつくと、『単にそういう気分ではなかったからですよ』と答えた。
すると彼は笑い、『まさかとは思うが』と前置きすると。
「実はあまり女性に興味が無いとか?」
この言葉に思わず噎せそうになった。
何を言うのだか!?
だがゆっくりと顔を上げ反論しようとした矢先、カウンター内から感じられた強い視線!
驚き目を向ければ、何故か其処には何故か自分をジッと見つめるママが居た。
そのやたらと熱い眼差しは、まるで何か迫るかのよう!
何なんだ!?
驚きと困惑で、一瞬頭の中が白くなった。
しかし直ぐに俺は気を取り直し、顔をムウ氏の方へと戻すとだった。
 「俺がそんな聖人めいた存在に見えますか?」
自分は至ってノーマル、当然女性に気を取られる事だってある!
とはいえ、それは普通の男としての反応であり、生理的所存だ。
まぁ確かに、先程は酷く無下な断り方をしたかもしれないが。
「先程の娘達は、その・・・一体どんな風に相手をしたら良いのだか、 考えるだにしんどいと思えたので。」
だから、あけすけながら断ったまでです。
そう返せば、彼はしばし無言となり、『フム』と独りごちた。
だが直ぐにニヤリと口端を上げるとだった。
「流石は准将。いつ何時も冷静かつ的確な判断だな。」 
「・・・。」
「そして軍部一のイケメン男ながら、密かに女泣かせと謳われているのもよく分かった!」
うんうんと一人頷くムウ氏に、俺は顔を顰めた。
誰が女泣かせだと?
内心突っ込みを入れたい気にはなったものの、此処は敢えて口は開かずにおいた。
下手に反応したところで、この人に口で勝てる気がしない。
いや寧ろ、妙な方向へと話が持っていかれそうだ。
だから手にしたグラスを口へと運び、この話題が流れゆくのを待とうとしたのだが?
「それだけモテながらも、妻一筋。これ正に夫の鑑だね。」
「・・・ムウさん?」
「まぁ、真面目な事は良いことだが、時には羽目を外すのも大事だぞ!」
酒の所為なのか何なのか、ほんのりと顔が熱い。
そんな彼の言葉を耳に、俺は軽く眉を潜めた。
「たまには遊んでおかないと!気付いたら眉間から皺が取れない、そんな典型的仕事人間になっちまうぞ!」
尚も彼はそんな事を口にして、そしてこうも続けた。
君は俺よりもまだまだ若いんだし、異性からの人気も高い!
仕事は仕事、家庭は家庭、割り切って行動してみるのも手だぞ!と。
そんな事を述べた彼に、俺は一瞬真顔になり、直ぐにフッと苦笑をしていた。
「確かに、貴方が言うように出来れば良いのかもしれないですけれど・・・。」
そう、自分は真面目だとよく言われる。
時に融通が利かず、自分自身の考えに籠ってしまう事も多々ある。
そして結婚後に被る事となった多くの視線、それらを上手く躱すのも、今だ至難の業である。
だから、そんな俺の事を気遣って発言してくれたのであろう。
『出来る事ならば浮気の一つでもしてみろよ!』という、これは男同士の軽口。
彼なりの冗談なのだと、俺には分かったから!
「けれど、何だ?」
ムウ氏が可笑しそうに此方を見やってきた。
これにやや間を置き、自分は答える。
「俺は・・・そう、今の状況に十分満足していますから!」
ハッキリとそう告げれば、彼は両目を細めた。
カランとグラスの中の氷が解け、琥珀色の液体がキラリと光った。
やがて『ふうん』と呟くと、ムウ氏はゆっくりと顔を落とした。
その口元に浮かんでいるのは、笑みだろうか。
「なら良い。」
短くそう言い、彼はグラスを口に運んだ。
軽い沈黙。
そして心地の良さが胸に沁みていく。
俺はそんな彼の横顔をチラリと見やり、そして口を開く。
「そう言う其方こそ、どうなんです?」
切り返してやれば、『ん?』と彼は此方を見やった。
よもや問い返されるとは思っていなかったらしい。
しばし両目を瞬くと、彼はゆっくりとカウンター内、グラスが並ぶ棚へと目を向けた。
だがその横顔はとても柔らかく、そして穏やかで。
「そうだな。俺も・・・今は、望むべき事は何も無いな。」
呟いた彼に、アスランはフッと息を吐いた。
過ぎてゆく時の中、共に巡り会うべく女生と出会った。
恐らくそういう事なのだろう。
「良かった。マリューさんの悲しむ姿は、もう見たく無いですからね。」
俺が思わずそう呟けばだった。
『お前なぁ』という声と共に彼は自分を見やり、フウと大きく吐息をついた。
だが目と目があえば互いに苦笑、手にしたグラスを合わせ、それを煽ったのだ。




この後、共にもう一杯飲んだところでだった。
「ムウさん?」
『ん?』と言って此方を向いたその顔は、やはり疲れの所為か、軽く酔いが回っている気がした。
これは丁度良い。
自分もそろそろ切り上げたいと思っていたのだ。
「今晩は、そろそろ・・・。」
帰りましょう?と言おうとして、だがこの刹那、聞こえたカツンという硬質な音。
見やれば、どういう事なのか、カウンターテーブルの上に真新しい酒が注がれたグラスが二つあった。
「宜しかったら如何?」
今日は良いワインが入ったのよ?
何故だろう、ここに来ていきなり新たな酒を出してきたママに目を瞠る。
しかし先程の一件もあって、率直に断り難い。
そんなこんなで、俺が口籠っていればだった。
「またお前は・・・そうやって帰そうとしないつもりか?」
テーブルに肘をつき、ムウ氏はジトリとした眼差しをカウンター内へと向けた。
そんな彼の眼差しを受けて、ニコリと艶やかに微笑むママ。
「あら、だって折角来て下さったのに、もう帰ってしまうだなんて・・・寂しいじゃない?」
それまでとは違い、少し甘えるような声音。
かつ、ムウ氏を見つめる彼女の眼差しは、やたらと深く滑らかで!
これに俺は息を呑み、瞠目する。
だがそんな自分に気づいたのだろう、ムウ氏はチラリと俺に目を向け、それから彼女に向き直るとだった。
「今晩はもう遅い。だから、もう帰るとするよ。」
「・・・。」
そしてママの目線を他所に、機敏に席を立つ。
俺は妙な感覚を胸に、彼に付随すべく腰を上げかけた。
だがそんな自分へと、ママはいきなりクルリと顔を向け、ニッコリと艶やかに微笑んできた!
「ならば、貴方だけでも・・・!」
そうしてソッと伸びてきた手が、自分の眼前へとグラスを差し出してきた。
何となくだが、それまでとは違うような彼女の目に戸惑いつつも、俺は軽く片手を翳し遠慮する。
 「悪いが、またな。」
この間に、ムウ氏は颯爽と勘定を済ませていた。
俺も立ち上がり、帰り支度を整える。
取り付く島もない自分達の雰囲気に、ママはしっかりと大きく溜息をついた。
「本当に、野暮な人ね。」
そして呟き、再び切なくムウ氏を見つめるとだった。
「今度来るときは、私の前で奥さんの話なんてしないでよ!」
去り際にそう述べた彼女へと、ムウ氏は苦笑のような顔つきを浮かべ、両肩を竦めたのだった。
 
 
    
その後、しっかりと辺りを包む夜の闇の中、俺はムウ氏と共に道を歩いていた。
だが堪えきれず、不意に口を開く。
店を出る直前に見聞きした店のママとの会話に、どうしても気持ちが強く引っ掛かりを覚えていたからだ。
「あの・・・ムウさん?」
直前に『妻一筋』と口にしていたというのに!?
あの店のママとは、一体どんな関係であるというのか!
だが彼は、気にしなくていいぞと小さく笑った。
そうは言われても、どうにも素直に引き下がる気になれず。
この目と耳で見て聞いてしまったのだ、しっかりとした弁解を得るまで引き下がれまい。
そんな風に思い遣った胸の内。
だが・・・!?
寝室のベッドの上、仰向けになりつつ目元に腕を乗っける。
帰邸するほんの少し前の事を思い出せば、自然と笑いが込み上げてきた。
そう、思い出してみれば、ムウ氏が『女性に興味が無いのでは?』と自分に述べたあの時!
見つめてきたママの眼差し、あれもそういう事だったのだろう!
『アイツは何処からどう見ても綺麗な女性に見える、けれど・・・!』
世の中は謎に満ち満ちている。
そして見抜け無いでいた自分に、今はただただ可笑しさが募った。
『中身は俺達と一緒。つまり、正真正銘の男ってことだ!』
 込み上げてくる苦笑と、それから良い感じで回っている酔いと、それからそれから・・・。
未だに、あのママが本当に男性であるのだろうかという思いもある。
だがムウ氏がわざわざ俺を誘い、飲みに向かった店なのだ、偽りではないだろう。
そう、きっときっと・・・!
そんな事を思いながら、意識が静かに沈み込んでいこうとした。
落ち着く自邸の匂いと雰囲気、それから目にした我が子の寝顔、それらに深い安心感を得ながら。
「今夜の事・・・話したら、きっと大笑いする・・・だろうな。」
そして今だ此処に足りない存在を思い、ソッと気怠く目を開けた。
夢の入り口はすぐ其処のようで、ぼんやりと景色が霞んで見える。
だが遠く壁際にある大きな窓、その上部に煌めき見える白金色の天体に笑みを浮かべた。
無事に、早く帰って来れるといいな。
ーーカガリ。
最後にそう思った後、意識は途切れていた。
 

 

トクトクトクと、彼の鼓動は軽やかなテンポを刻みながら・・・。

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01/02/05:41  曇りのち晴れ

いつもと同じ日常、追われるように続く、こなすべき分刻みのスケジュール。
手元の資料に目を向けながら、カガリはふと米神に手を当てた。
変わらない日々というのは、存外に貴重なモノだ。
でも・・・とそんな事を考え、眉根を寄せる。
時は12月の末、色々と忙しない事この上のない時期である。
「以上のような事を含めて、議会にての採決を願いたいと。」
話している者の姿をチラリと見やり、私は『分かった』と端的に答えた。
そして見事なまでに纏められた報告書に嘆息しつつ、目の前に立つ軍部上官へと向かい労いの言葉をかける。
「この報告書を元に、次回の議会にて採決を図ろうと思う。」
ご苦労だったな。
そう告げれば、それまで事務的であった形の良い男の眼差しがフッと緩んだ。
いえ、と否定した後、僅かな沈黙、そしてその瞳が自分を真っ直ぐに見つめてくる。
心に染み入る、綺麗な透き通ったその目。
本当に、何処まで整った様をしているのだかと、思わず苦笑しそうになった。
コーディネーターだからとは言わないが、あまりに美しいその造形。
想いが繋がった今となっては、多少捻くれた感情が生じたりもするというものか?
常に自分だけを見て居るわけにはいかない、彼にも彼なりの生活があるのだから・・・。
耳に入ってくる噂話は、時にこの胸を焦がす事もある。
オーブ軍広報内では、そんな彼のスター性を重視して、新規兵士募集の広告に起用したいという旨も聞き及んでいる。
まぁ、当の本人がそういう事に後ろ向きであるのが唯一の救いであろうか。
そんな事を思いつつ、自分に向かい、一礼をして踵を返したその者の背をジッと見つめた。
軍歴十数年の鍛え上げられた体躯、だが均整の取れたその背筋は決して無骨には見えず、軍服越しに整然としたシルエットを描きだしている。
更にその下、肌理細やかな素肌を知っている自分としては・・・思わずフウと一つ吐息が零れ出た。
これでは意識をするなと言う方が無理であろう。
何しろあの目、あの身体、そしてあの頭脳と仕草とあの声だ!
女を惹きつけて止まないに決まっている。
いや、放っておかれるわけが無い。
「わざわざご苦労だったな。」
これは先程も告げた言葉であった気がする。
でも自分は彼へとそう述べて、足を留めてゆっくりと此方を振り返り見るその者をジッと見つめた。
そして――アスラン、と胸の内で名を呼んだ。
すると何故だろう、既にドアの面前ぐらいまで進んでいた彼が、そのままジッと此方を見つめ返してきて。
「代表?」
そう問いかけられた気がする。
何だ?
私は目を瞬き、再び胸の内で彼の名を呼んだ。
だが可笑しい事に、それまで自分に届いていた音という音が消え去り、視野に黒いヴェールのようなものがかかりだす。
直後にツキンとした痛みが頭の中に走り、まるでシンバルの如き音が脳内を覆った。
「代表!?」
誰かが大きくそう呼ぶ声だけが耳に聞こえたものの、私は両手で額を押さえ俯いた。
そして辺りは闇に包まれる。
この後にどうなったのかは分からない、正に前後不覚の出来事であったのだ。
  

   

薄っすらと浮かび上がっていった意識の先、ぼんやりと見えたのは、まず馴染み深い天井だった。
あれ?と思い一旦目を瞬き、もう一度しっかりとソレを目に映しだす。
軽い違和感が胸に生じ、そして此処はアスハ邸か?と辺りに目を向けた。
間違いない。
だがどうして自分は自室で寝ているのだろう?
近くの窓へと目を向ければ、其処は既に薄闇の中。
どうやら時間の感覚も狂っているらしい。
薄っすらと思い起こした記憶の中、其処は明るい昼間であった気がするのに?
そう思いゆっくり身体をうごかそうとすれば、どうにも鈍く重い頭の中。
これに顔を顰め、私はソッと片手を額に宛がった。
どうしたのだろう?
そして鈍い頭の中、必死で記憶を手繰り寄せようとする。
「気が付いたか?」
だが此処で突如として脇から聞こえた声音に、私は驚き顔を向けた。
見ればベッドサイド、その壁際にある椅子に腰掛けている人が一人!
気付かなかったが、彼は其処でジッと自分の様子を見ていたらしい。
手にしていた本のような物をサイドテーブルへと置くと、立ち上がり此方へと歩み寄ってくる。
そして流れる動きでもって、額に乗せられた彼の手。
「まだ熱があるな。」
ポーっと高揚していくような頭の中、私は目の前のアスランをただただ見つめた。
そう言われてみれば、このモヤリとした嫌な感覚は熱の所為だろうか?
考えた瞬間にツキンと頭が痛み、両目を瞑った。
久々に風邪をひいたのか?
「今は・・・?」
何時なのか?
覚醒したばかりで舌が乾いている、掠れる声でそう問えば、彼は午後6時だと答えた。
確か行政府の執務室に居た時は午後1時ぐらいであったから、相当な時間が経っている。
「あの後・・・?」
私はどうなったんだ?
そう尋ねれば、彼はフッと顔を緩めた。
そして額に乗せられていた手が、優しく頭部を撫で、そして頬へと移動していく。
「大丈夫だ。後の事はちゃんとフォローされているから。」
とにかく今は、しっかりと身体を休める事が先決だ。
柔らかい声音でそう言われれば、思わず両目が細まった。
見つめるその瞳にだろうか?
触れられた頬が、何とはなしに熱くも感じられて。
「うん。」
目の前の彼へと向かい、とりあえず頷きそう述べた。
恐らく多くの者の手を煩わせてしまった事だろう。
それを遺憾ともし難く思いつつ、やはり何より眼前に居る彼の姿に胸が弾む。
「そういうお前こそ、大丈夫なのか?」
そして気になった事柄を口にしていた。
今が午後6時ならば、彼はまだ軍部に居る時間である。
彼の配下の者達の事を考えれば、其方の方が心配になった。
自分はとりあえず此処で休んでいるから、こなすべき仕事をこなしてこいよ!と。
 頭がほんのりボウッとするようで、けれどもこれぐらいならば・・・と、気取られぬよう強気に微笑んでみせる。
これに彼は一瞬奇妙に沈黙した。
そしてあの翡翠色の双眸を細くして、寝転ぶ私をジッと見つめてくる。
「アスラン?」
不思議に思い、彼の名を呼べばだった。
「俺の事よりも、自分の事を心配しろよ?」
「って・・・え!?」
「軽く肺炎になりかけていたそうだ。」
唐突に告げられた病状に、目を瞬く。
肺炎!?
そして驚き胸元に手を当てた。
よもやそんな病にかかっていようとは!?
ああ、でも、成る程、だからか常よりも体が重くしんどいのは。
「だから、くれぐれも無理は禁物だ。」
「そっか・・・。」
神妙なその声に頷き、私は一旦両目を伏せた。
やがてソッと目を見開き、彼を伺うように見つめればだった。
「全く・・・!」
「え?」
そう言うと、何処か怒ったような笑みを浮かべつつ、ジッと私を見つめてきた彼。
その目に、トクンと胸が跳ねる。
「アスラン?」
私は名を呼び小首を傾げた。
すると彼の目は細くなり、と同時に、ソッと額に落とされたキス。
そして甘く優しくしっかりと抱きしめられて・・・!
これに熱の所為でなのか、それともアスランの所為でなのか、判別出来ない程に頭の中が真っ白になっていく。
「俺は此処に居るぞ!」
更にボソリとそう告げて、私をより強く抱きしめてきた彼。
その姿にしっとりとこの胸は満たされ、密かに蓄積していた粗野な気持ちも霧散していくようだったのだ。

 
やがて彼が教えてくれたのは、嘘か誠か、正に赤面するしかない、倒れる直前からその後の私の行為。
自分では胸の内だけで呼んでいたつもりなのに、実際に私は彼の名前をうわ言で何度も口に出して呼んでいたらしい。
「う、嘘だろ?というか、記憶に無い!」
どこか愉快気に話す彼に、それが真実なのか否か、その場に居た補佐官等に確認を取るわけにもいかず、真実は今だ謎のまま。
ただこの事件の後しばらく、彼が思いの他上機嫌であった事、それから補佐官達の目が、何となくだがそれまでと違って見えた事、これは紛れも無い事実であったのだ。

 

                       ~曇りのち晴れ  完~

                    
  

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10/02/01:12  To be, or not to be?

爽やかな風が吹き抜けていく、6月のとある日。
本日は梅雨時期に珍しい、まっさらな青空が広がっている。
そんな中、俺はいつもの時間に家を出立、鞄を片手に学校への道を歩んでいたのだが?

「おはよ!アスラン!」

キキキッというブレーキ音と共に、背後から聞こえてきた快活なアルトの声。
これに俺はいつもの如く苦笑して振り返った。
すると其処にはやはり、フワフワとした金髪の猫ッ毛をした、同じ高校に通う女子の姿があって。

「相変わらず、朝から威勢が良いな。」
「ん、そうか?」

キラキラと輝く琥珀色の双眸。
その目に、自然と惹き込まれて行く己の意識。

「でもさ・・・今朝はちょっと寝坊して、朝ごはん食べて来れなかったんだ。」

そう言って、眉尻を落としつつお腹に手を当てた彼女・・・カガリに、俺は堪えきれずフッと破顔した。
彼女とは小学校以来の付き合いであり、実に快活でサッパリとした性格の持ち主である。
故に、気の置けない友であり、そして最近では時折、それ以上の存在だと感じていたりもして・・・。

「あ、そうだ!アスラン?お前、途中まで運転してくれないか?」
「って、はぁ?」
「だってさ、このままだと私、昼まで体力的にもたない気がするから・・・。」

話の最中、いきなり自転車からゆっくりと身を退け、此方へとハンドルを差し向けてきた彼女。
この予想外な展開に、俺は両目を見開いた。
いや、運転してくれないかって!?

「それは、後部にお前を乗せてという事か?」
「うん。」
「それ、校則違反じゃ?」
「ん・・・?」
「恍けるな!というか、何で俺が?」

朝っぱらから、一体何を言い出すのか!
俺はそのように言ってやったのだが。

「良いから、早く!ホラホラ!時間がなくなるだろ?」
「・・・って、オイ?」
「アスラン、な!頼むって!」

そうして俺の脇へと自転車を寄せつつ、斜め下から見上げてきたその瞳。
そのキラリとした鮮やかな目に、俺の中で鼓動が跳ねていた。
いやその瞳だけじゃない、最近妙に目に付いて止まない桜色の唇といい、白く柔らかそうな頬といいだ!

「・・・仕方ないな。」

表面上渋々と言った感じで、俺は差し出されたハンドルへと手をかけていた。
途端、より一層近づいた互いの距離に、フワリと鼻に感じた彼女の芳香。
この爽やかなオレンジの香りは、シャンプーの匂いだろうか?
そんな些細な事に、意識がふわふわと高揚していくようで。
サドルをひょいと跨ぎ、俺は右足のペダルを漕ぎ易い位置へと引き上げた。
そうして前のお洒落な編み籠へと、致し方ない素振りでもって己の通学鞄をグイと押し入れる。
幾分ゆったり目な前籠ではあるものの、流石に彼女のと2つも並び入ると余裕は無かった。
俺はグラリと揺れたハンドルを、ギュッと両手で握り締めて。

「良いぞ?」

背後で待っていたカガリへと声をかければ、彼女は『ヤッタ!』と口にして、嬉しそうに荷台へと腰を下ろした。
校則よりもやや短いスカート丈の為、フワリと斜め乗りをしたカガリ。
そしてその両手が、自然と己の腰元にキュッと寄り添って・・・!

「っ・・・その、しっかり掴まってろよ?」
「あぁ。」

どくどくと五月蝿い心音を他所に、俺は彼女へと忠告。
答えを得るなり、グッとペダルを漕ぎ入れた!
身を掠め行く風と、過ぎ行く辺りの景色。
そんな中、俺とカガリとは共に1つの風となりゆく。
走り出してみれば実に爽快。
歩いているのとは違う、心地良さが身に感じられるようだった。
いや、これはやはり触れている背後の存在の所為だろうか?

「あぁ~、気持ちいいな~!」

その時、荷台にて揺られていた彼女が高く声を発した。
如何にも愉しげなその声音に、俺の顔も自然と緩んでいく。

「お前は、人に漕がせておいて・・・この貸しは高くつくぞ?」
「あはは!うんうん、分かってるって!」

半分冗談でそう言ってやれば、陽気に返って来た答え。
分かってるって、本当に分かってるのか?

・・・俺が今、どんな気持ちで居るのか。

いや、きっとコイツは気付いてなんか居ないだろう。
今、どれだけ俺の胸が早鐘を打っているのか。
らしくなく、気分が上擦っていたりするとか。
そう、このまま時が止まれば良いのに、とか・・・。

・・・もっともっと、カガリに触れたいと思っている事なんて!

きっと彼女は分かっていない。
俺がこんな想いを抱いているだなんて。
でも、寧ろその方が良いのかもしれない。
今の自分の胸の中、どんな淫らな感情がある事か!
心中、相反する感情がグルグルと渦を巻く。
彼女へと抱く想いが高まる程に、逆に怖れもまた強くなって。
変に気持ちを知られてギクシャクしてしまうぐらいならば、今のように、屈託の無い親友で居られれば良い。
そんな風に思うから・・・!

「お!カガリ!」

だがその時、走り行く俺とカガリに向かい、斜め前方より聞こえてきた低い声。
見れば他校の制服を着た、見知らぬ男子・・・恐らく同じ歳ぐらいだろう・・・が、自分達に向かいひょいと片手を挙げていた!

「あぁ~!アフメド、おはよ!」
「何だよお前。朝から何楽こいてんだ?」
「へへ~!良いだろ!」
「ったく。」

ソイツはカガリへと妙に親しそうな声をかけてきた。
いや、遠目にではあるが、その男の顔と視線から伝わり来る感情!
恐らくソイツもまた、彼女の事を・・・だ!

「じゃあ、またな!」
「あぁ、またな!」

すれ違いざま、片手をカガリに向かい軽く振りつつ、ソイツは俺へとジロリと嫌な目線を加えてきた。
俺もまた、そんな男へとチロリと冷たい目を向けて、そして思い切り、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
ソイツがどんな奴で、カガリとどんな関係なのか?
分からない・・・分からないが、恐らくは自分と同じ、単なる男友達であろう。
そんな風に推測しつつだ。

――でも、もしかすると・・・?

思わず嫌な想像が脳裏に浮かび、俺は大きく顔を顰める。
カガリは顔が広く、男友達も多い。
先程の奴にしてもそうだ。
もしかしたら、自分が知らぬ間に彼女が誰かのモノになってしまう日が来るかもしれない!

――そんな事って・・・!?

ズキリと嫌な感覚が胸を襲い、グッと両目を伏せた。
考えたくない。
いや、あって欲しく無い事だ!
でも実際に、うかうかして居たら、彼女は他の誰かのモノになってしまうかもしれない!?
そうだ、このままでは・・・!?

「何も変わらないよな・・・。」
「ん?」
「いや・・・何でもない。」

俺は思わず頭を振り、彼女へと誤魔化した。
だが胸を襲う妙な焦燥感。
それが、己の腰元にピタリとくっついている、その愛しい身体の感触により一層高まっていく。
自分は彼女の事が・・・。

――好きだ!

心の中でそう唱える。
途端にグッと高まった心臓の音!
そして意識が妙にふわりとなって。
だが、この刹那!

「ッ・・・スラン、前!?」
「え?」
「ひゃっ!」

ガコンと前輪が何かに乗り上げていた。
グラリと揺れたハンドルと、ふらついた後輪!
そして背後に横乗りしていた彼女諸共、大きくバランスが崩れて・・・!

・・・不味い!

咄嗟に俺は身を返して、彼女を両腕の中に抱え込んでいた!
そして見事に片側に傾き倒れていった自転車。
その短い浮遊感の中、俺はカガリの身をより強く抱きしめて!

・・・彼女だけは・・・!

「っ・・・痛。」

この身を襲った鈍くも重い落下の痛み!
俺は自転車と共に、道路へと絡みもつれ、真横に倒れていた。
だが聞こえた腕の中からの声に、顔を顰めつつも俺はソッと目を向ける。
すると目の前、本当に数センチという場所に彼女の顔があってだ!

――ドクン!

自然と体温は上昇、息が止まっていた。
ずっとずっと、思い願っていた愛しい存在!
それが今、こんな近くにである!?

――ドクドク、ドクドク・・・!

「お前・・・いきなり何やってるんだか?」

しかしそんな自分に気付かない彼女は、やがて顔を顰めながらポツリとそう言った。
惹かれて止まない琥珀色、その双眸で俺を、俺だけをジッと見つめて・・・!

「大丈夫か?」
「・・・え?」

声が上手く聞こえなかった。
ただ感じるのは、視近距離で自分を見つめている彼女の瞳と、それから・・・!?

「おーい、アスラン?」

キョトンとした顔つきで、より自分を見つめてきた彼女。
その顔を目にしながら、俺の心はグルグルと強く葛藤しだしていた。
果たして・・・告るべきか、否か?

「どうしたんだ?」

何処か痛むか?
大丈夫なのか?
真っ直ぐで鮮やかな琥珀色が迫る中、俺の思考回路は混線。
だが身体だけは素直に、彼女を抱きしめたまま放そうとはしなかったのだ。





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07/03/18:00  陽だまりの仔 10  ~Episode of a dog~


その日、飼い主が向かった先は『あの』気に喰わないネコの居る場所だった。
どうにも澄ました所のある、見るからに苛々とさせる存在。
普通、ネコは自分を見て警戒を露にするもの。
まして吼えてみせれば、大抵はビクリとして恐れ戦く。
それなのに!?
・・・気に喰わない!
俺は主人の腕の中からソイツの方を睨み見やった。
以前に一度だけ訪れた事のある室内、そのソファーの上でジッと自分を見据えているソイツの目には、静かな闘志が灯って見えた。
・・・俺と張り合おうとでもいうのか?
異型なるその存在に、自然と嘲る気持ちが沸き起こる。
細い足、小さな口、まぁ、動きはすばしっこいのかもしれないが、所詮はネコだ。
馬鹿なヤツめ。
俺はそう思っていた。



自分を見る人間は、大体が『素敵ね!』とか『可愛い!』とか言って撫でてくれる。
当然血統書というものがあり、特別な血筋なんだとか、飼い主も時折自慢げに口にする。
『お前の母親は、ドッグショーにて何度か優勝したことのある凄い犬なんだぜ!』
ソレ(ドッグショー)が何なのか詳しくは知らないが、恐らくその血を受け継いだ俺は特別な存在なのであろう。
そんなこんなで、自分は満足のいく暮らしを送ってきた。
だが最近、何とはなしにそれが狂ってきている。
原因は、飼い主の不調であろう。
今までは、毛並みの為にと特別な食事を用意されていた。
それが最近、妙に手抜きをされているようで、匂いはそれなりなのだが、食べてみるとカリカリパサパサ。
明らかに質が低下してきている!
これ正に怠慢!
好い加減にしろ!と、俺は口を大にして叫んでいるものの、当の主人は迷走を続けて居るらしい。
どうにも此方の様子を気にかけていない!
そして今日に至っては、程好い眠りに入りかけていた俺を抱きかかえると、この気に食わないネコの居る部屋へといきなり連れてきてだ!
・・・ああ、ったく!むしゃくしゃする!
俺はガリガリとオヤツ用ガムをかじりながら、苛々する気持ちを何とか抑えていた。
先程、喧嘩をかってきたあのネコを、体良く痛めつけてやろうと思っていたのに、飼い主は寸でて留めてきたりもしてだ!
これに納得は出来なかったものの、とりあえず(己のテリトリー内では無い為)引き下がってやったのだが・・・?
・・・いつまでこんな所に居るつもりなんだ!?
中々帰ろうとしない飼い主に、再び苛々が募りだす。
そもそも、何をしにこんな所にやってきたんだか?
見やった飼い主の様子は、どうにもこうにも釈然としない。
その情けなさに、込み上げてくる不満。
更にふと感じられた一つの視線、それを辿り行けばあの邪なネコが居てだ!
・・・鬱陶しい!
俺はその視線を跳ね除けた。
だが珍しくも声をかけてきたソイツに、俺の苛々は最高潮に達して・・・。
しかし此処でネコの飼い主が取り出してきた物!
その奇妙に走り回る物体に、思わず目が惹き寄せられた!
・・・あれは何だったのだろう?
ちょこまかと変な音を立てながら動き回るその物体、そしてその後をひょこひょことついて回っていたあのネコ。
見た事も無い物体に好奇心と、それから無様なネコの動きに笑みが込み上げた。
そして気が付けば走りだしていた俺は、ほくそ笑みつつ、やがて獲物を拿捕したのだが?
・・・アイツのあの様は何だったんだか!?
勝ち誇り、『どうだ!』とばかりに見やった視界の先、其処にはあらぬ方向を向いた黒ネコがいた。
しかもいつの間にであろうか、もう一匹新たなネコが出現してもいて。
何より驚いたのは、目にしたソイツの横顔にだった。
それまでただただ気障で済まし顔をしていた黒ネコが、まるで別物の如く微笑んでいたから!
これに俺は唖然となり、訳が分からず立ち尽くしたのだ。


あの日から数日。
俺はリビングに敷かれた専用マットの上で寝そべりつつ、再び思い遣る。
あれは果たして何だったのか・・・?
自分が目にした黒ネコ、あれは同一の存在であったのかどうか?
すっかり俺の存在など忘れたかの如く、金色のネコと話をしていた、あの時の表情が、自分だ意識の中に衝撃となって残っている。
何と表現したら良いのか、とにかくふやけた顔つきをしていたのは確かだった。
それまでムカつくほどに澄ました顔をしていたというのに、其処には屈託の無い笑みを浮かべたソイツが居てだ!
要因を考えるとしたらば、恐らくあそこに現れたもう一匹のネコにあるのだろう。
くるんとした丸い煌く双眸をしていた、小柄な奴。
多分メスであろう、黒ネコとの体格差からしてそう思えた。
そしてアイツはあのメス猫の事を・・・?
此処でひとつ吐息をつくと、首を捻った。
そして呆れと不可解さの入り混じった眼差しで、俺はリビング内で携帯をいじっている飼い主を見つめた。
そうだ、同じくこの男もここ最近ずっと可笑しいままなのだ。
まぁ多少穏やかさを取り戻した感はあるものの、今日はまた妙に浮き足立っている。
原因はというと、あのネコ同様、ある存在に意識を奪われているからだ!
『聞けよイザーク!ミリアリアがついに俺の誘いに乗ってくれたんだぜ!』
つい先日、キラとかいう奴がミリアリアのメールアドレス教えてくれたおかげだ、とかなんとか嬉しそうに話していたが・・・。
今日がその約束の日らしい。
全く、何なんだか!?
あのネコといいコイツと言い、どうしてこんな風になってしまうんだ?
俺は何度目かになる呟きを胸に落とした。

 

しかし・・・残念な事に、ここ数日の体調が一気に悪化。
朝から多少咳き込んでいたアイツは、朝食後、急にベッドに突っ伏してしまった。
『よりにもよって・・・』と気だるげな声で呟くと、大きくまた咳き込んで。
『ちくしょう』と悪態をつきつつ、主人は熱気の篭った眼差しで携帯を操作していた。
恐らく、一緒に出かける筈だった相手・・・ミリアリアとやらに連絡をしたのだろう。
「きっと、呆れただろうな。」
それから数分後、携帯をジッと見つめていた飼い主は、床にいる俺を見やり小さく口元を緩めそう言った。
「こっちから誘っておいて、ドタキャンだなんてな。」
『どうせ本気じゃなかったんでしょ』とか、後で言われるのかもな。
呟くソイツの顔つきは軽く、だがどこか自嘲めいたモノを感じさせた。
だから、俺は『黙れ!』と一吼えしてやる。
何をぶつくさ言っているのだか?
愚痴ったところで、状況が変わるわけじゃない!
今はとにかく体を休めて、それから色々と考えれば良かろう!
だが俺の一吼えをどう取ったのか、主人は『ハハ』と乾いたように笑うと、『だよな』と短く呟いた。
「本当、ツイテ無いぜ。」
体調も相まってだろう、自虐的思考。
これにムッとなり、俺は顔を覆っている主人の腕にカプリと軽く噛み付いてやった。
いい加減にしろよ!?
そしてキャンキャンと五月蝿く啼いてみせた。
すると『オイオイ?』と主人は俺を見やり、そして『分かった、分かったから』と言う。
「後でちゃんとご飯はやるから。それまでごめんな?ちょっと寝させてくれ。」
・・・違う!
「ん?って何だ?ああ、もしかしてオヤツが欲しいのか?」
・・・そうじゃない!
だから、どうしてお前は分からないんだ!?
全くもってちぐはぐな飼い主の捉え方に、苛々は込み上げてくる一方。
そして怒りついでに、辛そうにベッドに寝転んでいる主人の上へと飛び乗ってやろうかと、そんな風に思いやったその時だった。
不意に玄関チャイムが鳴り、俺も主人も驚きに目を見開く。
「こんな時に・・・誰だよ。」
そしてしんどそうに顔を顰めつつ、主人はゆっくりと身を起こした。
寒気がするのだろう、ブルリと一震えした後、のっそりとベッドから床に降り立つ。
俺はそんな主人の足元にソッと付き従いながら、玄関モニターがある場所まで向かっていった。
「って・・・え?」
だがモニター画面を目にした途端、何故だろう、主人は見事に直立していた。
そして『何で・・・』と呟くと、震える指を画面へと伸ばしていく。
「は・・・い。」
声は掠れ、途切れていた。
主人のその様に、俺は眉を潜める。
『あ、あの・・・私。ミリアリアだけれど。』
「・・・。」
これに当初は画面を見つめ、立ち尽くしていた主人。
だがややあって『ちょっと待ってろ』と呟くと、玄関へと向かい慌てて動いていった。
カチャリと開放したドアの向こう側には、凜と小さく立つヒトが一人。
「って、どうした・・・?」
「あ・・・っと、キラに貴方の住所を聞いて。それで・・・突然にごめんなさい。」
「今日、無理って、さっきメールで・・・。」
「うん。ちゃんと届いた。でも・・・。」
玄関先の奴はそう言うと、ソッと主人を見つめた。
これに主人は軽く首を傾げ、だが直ぐにゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫、なの?」
「ん・・・まぁな。」
だがそう言ってから、またゴホゴホと咳き込む。
これに客は心配気にその顔を覗き込んできて。
「酷い咳ね。」
「ん・・・。」
「その、一応適当に林檎とか果物の缶詰とか買って来たんだけれど。」
そして手にしていたビニール袋を軽く持ち上げ、主人へと捧げた。
すると主人はその目を見開き、袋を見やった後、客の方をジッと見やる。
「あ、ありがとな・・・。」
これに礼を述べつつ、主人が袋を受け取ろうとしたらばだった。
「本当に、風邪引いてたんだ。」
「え?」
微かな呟きに、主人は手を止め首を傾げる。
「ううん。何でもない。いきなりで、本当にごめんね!」
「・・・ミリアリア?」
そしていきなり謝ってきた客に、訳が分からず顔を顰めた。
するとそんな主人を見やった後、ソイツはフッと表情を緩めて。
「風邪、早く治しなさいよ?」
「って・・・あ、あぁ。」
「季節外れの風邪は性質が悪いっていうし、しっかり身体休めなさいよね!」
これに主人が沈黙。
一方的な会話の流れに、どう対応しようか迷ったのだろう。
だが同じく沈黙した客を前に、やがてペースを取り戻したらしい。
 
「あのさ・・・じゃあ、しっかりと風邪を治す為にもさ。」
「え・・・?」
「買ってきてもらって言うのも難なんだけれど、林檎・・・剥いてくれない?」
俺、剥くの苦手だから・・・。
これまた唐突に告げた主人に、客の目が瞬いた。
そして何とも言えない空気が辺りに漂う。
俺はそんな両者を交互に見やった。
「いきなり、何甘えて・・・!」
「駄目か?」
躊躇う客、そして微笑んだ主人。
そして『まぁ、無理にとは言わないけれど』と告げると、再びゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫だって。疚しい気持ちは一切無し。単にそう・・・もう少し一緒に居たいだけだから。」
「っ・・・ディアッカ。」
「流石の俺も、この状態で女を襲う気になんてなれませんて。」
「っ!?」
最後の一言にギョッとその目を大きくした客だったが、やがてフッと顔を緩めるとだった。
「何を言っているんだか!」
そう言いながらも、玄関ドアを大きく開き誘う主人の方へとゆっくりと身を近づけてきたのだ。



俺はそんな目の前の男女に目を細める。
もしかすると・・・この女は最近飼い主の思考を混乱させていた張本人であろうか?
今までの遣り取りと彼女名前、そして背後から見つめる主人の眼差しにそう思い至る。
だが、ならば此処で易々とテリトリー内に入らせてしまったら不味いだろう?
そう、まるであの時のあの黒ネコのように、主人が周りの事など目に入らない状態になってしまったらだ!
・・・困る!いや、断然困る!
そのように判断した俺は、玄関へと侵入してきた女に向かいけたたましく吼えてやろうとしたのだ・・・が?
当の女は玄関口で俺を見つけると、ゆっくりと腰を落としてきた。
そして『犬、飼ってたんだ』と主人に向かい述べると、ソッと俺へと片手を伸ばしてきてだ。
「可愛い!」
ジッと俺の目を見つめ、話しかけてきたソイツ。
「綺麗だし、凄く賢そうな仔ね。」
そのまんざらでもない批評に『フン!』と大きく鼻を鳴らしつつも、俺はとりあえず客の手の匂いを嗅いでみた。
途端にフワリと鼻に香ってきたのは、シャボンの匂いとそれから・・・?
「イザーク、退けよ?其処に居たらミリアリアが通れないだろ?」
だがこの粗野な主人の言葉に、俺は『何だと!?』と顔を顰める。
退けとは何だ!退けとは!
そして不満を露に、主人を見やればだった。
其処には玄関にて靴を脱ぐ客へとばかり、強く意識を向けている男が一人。
あの黒ネコ同様、どうやら既に俺という存在を意識の中から忘れ去っているようである。
・・・貴っ様ぁ・・・!
大きく苛立った胸の内。
だがそんな俺を抑えたのは、他でもない、侵入者として排除しようと思っていた客の方であった!
「大丈夫よ、イザーク?貴方は退かなくても通れるから。」
靴を脱ぎ終えたらしい彼女は、柔らかな声で自分を見つめそう言ったのだ。
この対応に、『フム!』となるこの胸。
そしてささくれ立っていた気持ちを抑え、俺はそんな彼女をジッと見つめながら思う。
・・・まぁ良いだろう!
全てが良しとは言えないが、少なくともこの客に対する警戒心は解いてやろうと思った。
何より先程嗅いだ手の匂い、そこには実に優しく、そして心地が良い犬の匂いがしていたのだから!
この客は、自分を邪険にはしないだろう!
そう、恐らく自分のように誰か(イヌ)と暮らしているのかもしれないと、そんな予感がして。
ただ問題なのは・・・。
・・・心此処に在らずな主人(オス)の方が曲者か。
妙に浮かれ気味な男・・・先程まで、あんなにも後ろ向きな事を口走っていたというのにだ・・・を遠目にしつつ、俺は玄関の冷たいフローリングの上にソッと身を伏せた。
俺はああはなりたくないな!と、そんな風に思いながら。

――彼の苦悩はまだしばらく続く・・・。




                            ~Episode of a dog   完~
 

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06/27/10:02  陽だまりの仔 9

 

一見穏やかさを取り戻したかのような室内、俺はソファーの上から一点を見やる。
そして軽く首を傾げた。
先程までとは違い、ジッと床の上にて何かをかじっている銀色の毛むくじゃら犬。
ガジガジという音が聞こえてくるから、相当に固い物であるようだが?
・・・美味しいのだろうか?
匂い的には嗜好をそそるわけでもない、だがあの五月蝿かった存在が無言でソレに噛り付いている姿から、俺はふとそう思う。
『オヤツだぞ』と言ってソイツが受け取ったのは、四角いクッキーのような物体であったが?
あれから今現在まで、銀色の毛むくじゃら犬はずっとソレをかじっている。
ガジガジガジガジ。
果たしてソレは何なのだろう?
だが思わずジッと見つめて居た自分へと、刹那に襲い掛かってきた鋭い瞳!
そして『何だ!?』と目で物を言ってきたソイツに、カチンとなりつつ俺は眉根を寄せた。
ったく、どうしてこうも好戦的なのだか?
そんな風に思いながらも、俺は『なぁ?』と声をかけてみた。
するとアイツは即座に『何だ!』と鼻息荒く声を返してきた。
これに二度目のカチン。
俺は苛々とした胸を抱えつつ、そっぽを向いた。
この様子を見ていたのか、『アスラン?』と我が家の主人の声がして『これで遊ぶ?』といつものハムスターロボを掲げた。
そして背中にあるネジを巻いた主人は、『行くよ?』と言ってロボを解放する。
正直それで遊ぶ気分では無かったものの、どうせ他にする事も無いのだ。
俺はのっそりと立ち上がると、走り回りだしたハムスターロボを目で追いかけた。
そうしながら、『そういえば、以前これで遊んだ時には、カガリが一緒だったな』とそんな事を思い出していたのだ。
 


『楽しい~!』と言ってキラキラの笑顔を見せていたアイツからは、心底嬉しそうな気配が漂ってきていた。
空気というのは伝染するものらしい。
あの時、俺はそれをつくづく感じたものだった。
その外見もさることながら、きっとアイツはお日様の仔なのだろう。
そんな可笑しな事すら思ってしまえる程に、眩かったあの笑顔。
捕まえる気など半分で、走り回るロボを追いかけつつ、ふとあの時の事を思い起こす。
視界の先に見えるラグマット。
その上で、アイツは何度か転がり壁に激突していたりもしたなと。
消え去らぬ姿を其処に見て、俺は自然と微笑む。
元気にしているだろうか?
今頃は何をしているだろうか?
ふとそんな風に思い遣った、その時だった!
ドッドッドッドという妙な足音が背後から聞こえてきて、これに俺はギョッとなり、慌てて背後を振り返り見た。
するとどうだろう!?
其処には銀色をした毛むくじゃら犬が、猛然と此方に向かい駆け寄ってくる姿が見えるではないか!?
・・・な、な、何だ!?
いきなりの事に驚愕しつつも、だがその目は自分ではない何かを見ているようだった。
そして軌道から軽く身を飛び退いた俺は、ハッハッハッハと赤い舌を覗かせ走り去るソイツを唖然と見つめた。
周りの物を蹴散らしつつ、長い銀色の被毛を靡かせ疾走していく犬。
一体何が起こったのか?
だが過ぎ去る一瞬前、此方を横目で見やりニヤリと笑ったソイツの顔を思い出し、俺は『あぁ!』と悟る。
どうやら走り回るハムスターロボに興味を惹かれたらしい。
そして自分の方が先にそれを捕まえようとしているのだろう。
だが・・・捕まえたければ捕まえれば良いだけの事。
別に俺は張り合う気は無い・・・のだが?
反面、そんなヤツの目の前でロボを先に捕獲してやった時、一体どんな顔をするだろう?と、そんな想像が脳裏を過ぎった。
ああ、そうだ、それは随分と面白いかもしれない!
先程の事もある、何処か自分を見下した所のあるソイツの鼻をへし折ってやろうという気持ちが沸々と沸き起こってくる。
そして俺は刹那にパッと駆け出していた。
ドッドと大仰な足音を立てて走り回るソイツの先、俺はソファーの背もたれの部分へと飛び乗った。
そして右から大きく回りやって来るロボへと、強く意識を向ける。
この部屋の造りは自分の方が良く分かって居るのだ。
ましてロボの動きもだ。
このまま直線的に来るか、それとも手前で突然カーブをするかは知れないが、此処ならば臨機応変!
・・・アイツの目の前で確保してみせよう!
だが一瞬の判断が毛むくじゃら犬と勝機分けになるかもしれない。
足音はさておき、意外にも機敏な動きをしている銀色犬に、密かに競争心が煽られる。
そしてジージー、ジージーと耳に聞こえるロボの音に、俺は深く意識を同調させていく。
あともう少し、そのまま、そう、今だ・・・!
右上からソファーへと向かいかけてきたロボが、パッと何の前触れも無くターンをした。
その一瞬を見て取り、俺は素早くソファーの上から身を躍らせる!
大きく見開かれた犬の目が、一瞬視界の先に見えた。
これにほくそ笑みつつ、俺は宙に躍らせた身体、その先にて小賢しく走り去ろうとしている物体へと前足を定めて・・・!
ピンポーンと、チャイムの音が鳴ったのは正にそんな時。
軽く削がれた意識の先、僅かに手の先から逃れ、ハムスターロボは駆け抜けていこうとする!
俺は『ちっ!』と胸の内で呟き、素早く体勢を立て直そうとした。
逃しはしない・・・!
「アースラン!」
だが陽気に己を呼ぶ声が耳に聞こえ、俺は『え?』となりこの身に急ブレーキをかけた。
今の声は!?
止まりきれず余韻で床に半ば突っ伏した状態になりつつも、やがてパッと顔を上げた。
するとトタトタという足音と共に、やはり!というべき存在が一つ!
「久しぶり!元気だったか?」
ニッコリと微笑みつつ、此方へと歩み寄ってくる金色。
それは間違いない、だがいつの間にであろう、此処へとやって来ていた・・・。
「カ・・・カガリ?」
その姿に、驚きと共にパァと晴れていった胸の内。
そしてスクッと身を立て直した俺の耳に、数秒後、背後から『獲った!』という歓声が聞こえてきた。
だが意識は既にカガリへと向かっていたのだ。


 

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