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10/02/01:12  To be, or not to be?

爽やかな風が吹き抜けていく、6月のとある日。
本日は梅雨時期に珍しい、まっさらな青空が広がっている。
そんな中、俺はいつもの時間に家を出立、鞄を片手に学校への道を歩んでいたのだが?

「おはよ!アスラン!」

キキキッというブレーキ音と共に、背後から聞こえてきた快活なアルトの声。
これに俺はいつもの如く苦笑して振り返った。
すると其処にはやはり、フワフワとした金髪の猫ッ毛をした、同じ高校に通う女子の姿があって。

「相変わらず、朝から威勢が良いな。」
「ん、そうか?」

キラキラと輝く琥珀色の双眸。
その目に、自然と惹き込まれて行く己の意識。

「でもさ・・・今朝はちょっと寝坊して、朝ごはん食べて来れなかったんだ。」

そう言って、眉尻を落としつつお腹に手を当てた彼女・・・カガリに、俺は堪えきれずフッと破顔した。
彼女とは小学校以来の付き合いであり、実に快活でサッパリとした性格の持ち主である。
故に、気の置けない友であり、そして最近では時折、それ以上の存在だと感じていたりもして・・・。

「あ、そうだ!アスラン?お前、途中まで運転してくれないか?」
「って、はぁ?」
「だってさ、このままだと私、昼まで体力的にもたない気がするから・・・。」

話の最中、いきなり自転車からゆっくりと身を退け、此方へとハンドルを差し向けてきた彼女。
この予想外な展開に、俺は両目を見開いた。
いや、運転してくれないかって!?

「それは、後部にお前を乗せてという事か?」
「うん。」
「それ、校則違反じゃ?」
「ん・・・?」
「恍けるな!というか、何で俺が?」

朝っぱらから、一体何を言い出すのか!
俺はそのように言ってやったのだが。

「良いから、早く!ホラホラ!時間がなくなるだろ?」
「・・・って、オイ?」
「アスラン、な!頼むって!」

そうして俺の脇へと自転車を寄せつつ、斜め下から見上げてきたその瞳。
そのキラリとした鮮やかな目に、俺の中で鼓動が跳ねていた。
いやその瞳だけじゃない、最近妙に目に付いて止まない桜色の唇といい、白く柔らかそうな頬といいだ!

「・・・仕方ないな。」

表面上渋々と言った感じで、俺は差し出されたハンドルへと手をかけていた。
途端、より一層近づいた互いの距離に、フワリと鼻に感じた彼女の芳香。
この爽やかなオレンジの香りは、シャンプーの匂いだろうか?
そんな些細な事に、意識がふわふわと高揚していくようで。
サドルをひょいと跨ぎ、俺は右足のペダルを漕ぎ易い位置へと引き上げた。
そうして前のお洒落な編み籠へと、致し方ない素振りでもって己の通学鞄をグイと押し入れる。
幾分ゆったり目な前籠ではあるものの、流石に彼女のと2つも並び入ると余裕は無かった。
俺はグラリと揺れたハンドルを、ギュッと両手で握り締めて。

「良いぞ?」

背後で待っていたカガリへと声をかければ、彼女は『ヤッタ!』と口にして、嬉しそうに荷台へと腰を下ろした。
校則よりもやや短いスカート丈の為、フワリと斜め乗りをしたカガリ。
そしてその両手が、自然と己の腰元にキュッと寄り添って・・・!

「っ・・・その、しっかり掴まってろよ?」
「あぁ。」

どくどくと五月蝿い心音を他所に、俺は彼女へと忠告。
答えを得るなり、グッとペダルを漕ぎ入れた!
身を掠め行く風と、過ぎ行く辺りの景色。
そんな中、俺とカガリとは共に1つの風となりゆく。
走り出してみれば実に爽快。
歩いているのとは違う、心地良さが身に感じられるようだった。
いや、これはやはり触れている背後の存在の所為だろうか?

「あぁ~、気持ちいいな~!」

その時、荷台にて揺られていた彼女が高く声を発した。
如何にも愉しげなその声音に、俺の顔も自然と緩んでいく。

「お前は、人に漕がせておいて・・・この貸しは高くつくぞ?」
「あはは!うんうん、分かってるって!」

半分冗談でそう言ってやれば、陽気に返って来た答え。
分かってるって、本当に分かってるのか?

・・・俺が今、どんな気持ちで居るのか。

いや、きっとコイツは気付いてなんか居ないだろう。
今、どれだけ俺の胸が早鐘を打っているのか。
らしくなく、気分が上擦っていたりするとか。
そう、このまま時が止まれば良いのに、とか・・・。

・・・もっともっと、カガリに触れたいと思っている事なんて!

きっと彼女は分かっていない。
俺がこんな想いを抱いているだなんて。
でも、寧ろその方が良いのかもしれない。
今の自分の胸の中、どんな淫らな感情がある事か!
心中、相反する感情がグルグルと渦を巻く。
彼女へと抱く想いが高まる程に、逆に怖れもまた強くなって。
変に気持ちを知られてギクシャクしてしまうぐらいならば、今のように、屈託の無い親友で居られれば良い。
そんな風に思うから・・・!

「お!カガリ!」

だがその時、走り行く俺とカガリに向かい、斜め前方より聞こえてきた低い声。
見れば他校の制服を着た、見知らぬ男子・・・恐らく同じ歳ぐらいだろう・・・が、自分達に向かいひょいと片手を挙げていた!

「あぁ~!アフメド、おはよ!」
「何だよお前。朝から何楽こいてんだ?」
「へへ~!良いだろ!」
「ったく。」

ソイツはカガリへと妙に親しそうな声をかけてきた。
いや、遠目にではあるが、その男の顔と視線から伝わり来る感情!
恐らくソイツもまた、彼女の事を・・・だ!

「じゃあ、またな!」
「あぁ、またな!」

すれ違いざま、片手をカガリに向かい軽く振りつつ、ソイツは俺へとジロリと嫌な目線を加えてきた。
俺もまた、そんな男へとチロリと冷たい目を向けて、そして思い切り、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
ソイツがどんな奴で、カガリとどんな関係なのか?
分からない・・・分からないが、恐らくは自分と同じ、単なる男友達であろう。
そんな風に推測しつつだ。

――でも、もしかすると・・・?

思わず嫌な想像が脳裏に浮かび、俺は大きく顔を顰める。
カガリは顔が広く、男友達も多い。
先程の奴にしてもそうだ。
もしかしたら、自分が知らぬ間に彼女が誰かのモノになってしまう日が来るかもしれない!

――そんな事って・・・!?

ズキリと嫌な感覚が胸を襲い、グッと両目を伏せた。
考えたくない。
いや、あって欲しく無い事だ!
でも実際に、うかうかして居たら、彼女は他の誰かのモノになってしまうかもしれない!?
そうだ、このままでは・・・!?

「何も変わらないよな・・・。」
「ん?」
「いや・・・何でもない。」

俺は思わず頭を振り、彼女へと誤魔化した。
だが胸を襲う妙な焦燥感。
それが、己の腰元にピタリとくっついている、その愛しい身体の感触により一層高まっていく。
自分は彼女の事が・・・。

――好きだ!

心の中でそう唱える。
途端にグッと高まった心臓の音!
そして意識が妙にふわりとなって。
だが、この刹那!

「ッ・・・スラン、前!?」
「え?」
「ひゃっ!」

ガコンと前輪が何かに乗り上げていた。
グラリと揺れたハンドルと、ふらついた後輪!
そして背後に横乗りしていた彼女諸共、大きくバランスが崩れて・・・!

・・・不味い!

咄嗟に俺は身を返して、彼女を両腕の中に抱え込んでいた!
そして見事に片側に傾き倒れていった自転車。
その短い浮遊感の中、俺はカガリの身をより強く抱きしめて!

・・・彼女だけは・・・!

「っ・・・痛。」

この身を襲った鈍くも重い落下の痛み!
俺は自転車と共に、道路へと絡みもつれ、真横に倒れていた。
だが聞こえた腕の中からの声に、顔を顰めつつも俺はソッと目を向ける。
すると目の前、本当に数センチという場所に彼女の顔があってだ!

――ドクン!

自然と体温は上昇、息が止まっていた。
ずっとずっと、思い願っていた愛しい存在!
それが今、こんな近くにである!?

――ドクドク、ドクドク・・・!

「お前・・・いきなり何やってるんだか?」

しかしそんな自分に気付かない彼女は、やがて顔を顰めながらポツリとそう言った。
惹かれて止まない琥珀色、その双眸で俺を、俺だけをジッと見つめて・・・!

「大丈夫か?」
「・・・え?」

声が上手く聞こえなかった。
ただ感じるのは、視近距離で自分を見つめている彼女の瞳と、それから・・・!?

「おーい、アスラン?」

キョトンとした顔つきで、より自分を見つめてきた彼女。
その顔を目にしながら、俺の心はグルグルと強く葛藤しだしていた。
果たして・・・告るべきか、否か?

「どうしたんだ?」

何処か痛むか?
大丈夫なのか?
真っ直ぐで鮮やかな琥珀色が迫る中、俺の思考回路は混線。
だが身体だけは素直に、彼女を抱きしめたまま放そうとはしなかったのだ。





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