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05/20/08:43  Novice parents

愛しいからこそ困る事もある。
カガリは執務机に肘をついて頬を乗せた。
フウと一つ吐息をつき、どうしたものかと思案する。
これも母となった身でしか味わえぬ悩みなのだ、仕方あるまいと自分を宥めてはみるものの、やはり晴れぬ胸の内。
昨晩の事、癇癪を起こした愛しい我が子は、まるで悪魔が乗り移ったかの如き状態で、アスハ邸内に響き渡る程の大声で泣き喚いた。
元気な事は良い事です!
日頃我が子をあやし、自分の居ぬ間に面倒を見ていてくれるマーナはそう言ってくれたものの、やはり色々と不安になる。
此処の所、やけに聞かん坊になってきた気がして、これは正しく自分の子だと自覚すればこその心配。
さてはて、あの子はこれから一体どんな風に育つやら?
また一つ吐息を零し、カガリは両目を瞑った。
分刻みの日常生活は、正直母となったこの身には辛い。
産後直ぐに職務に復帰した事もあって、仕事面での困惑は無かったが、出産を経た身体はどうにも以前通りにはいかず、抜けぬ疲労感が常に付き纏う事が多々あり。
出産から1年と11ヶ月、息子はアッサリと離乳してくれ、今は当初のような胸の張りも感じられず、心配をしていた身体のラインにも崩れは無いもののだ。
まあ、これは自分をケアしてくれている侍従やらなんやらのサポートがあっての事だろう。
女性国家元首の出産、そして職務復帰は、世の中の大きな話題となった。
そんな中で、産後の戻りが悪い状態を曝してなるものかという、侍従等からのオーラが常に感じられていたから。
とはいえ、自分の産前産後の管理をしてくれたアスハ家専属の産科医は、あろうことかこんな事をのたまった。
『現在25歳で、無事に1人目を出産。ということはカガリ様、後4人ぐらいはいけますね!』
阿呆・・・とその時は目で訴えたものの、後になって思い直し少しだけその図を想像してみた。
アスランとの間に今の長男を含めて、出来ればもう1人ぐらい男の子と女の子が生まれたとして?
正直初めての出産は想像以上に壮絶で、未だ『もう一度』という気持ちにはなり難い。
だが アイツの事だ、女の子なんて生まれたとしたら、一体どんな反応をするだろう?
生まれた長男を抱っこしながら、何処か泣きそうな顔をしていた夫の事を想う。
彼と創る結晶ならば、正直、幾つあっても構わない。
そう、いっその事、本当に創れるだけ創ってしまおうか・・・なんて、思ったりもしたのだが。
「アレを見ているとなぁ・・・。」
間もなく2歳を迎える息子は、時折手に負えないモンスターと化す。
閣議にて出された案件を考慮するよりも、寧ろあの小さな怪物にどう対応するかの方が遥かに難しい、そんな気がしてならず。
浮かんだ妄想も、現実に大きく萎んでいく。
「なんでアイツ似に生まれてこなかったんだか。」
思わずそんな事を呟き、苦笑した。
キラから聞いた事がある、夫であるアスランは幼少期から実に品行方正であったと。
決して臆病だとかひ弱だとかいうわけではなく、頭も良くスポーツも出来てと、正に優秀そのもの。
対する自分はというと・・・まあ、代表首長の娘とあって、それなりに色々な事を経験、学んできた。
だが教師からの信頼や評価という点に於いては、平均・・・もしくは及第点だったろう。
時に自分を通す為に、人とぶつかる事すら厭わなかった所もあったし、相手を憎む気持ちこそ無かったものの、自分が納得出来ない事には首を縦に振らなかった。
そういう頑なな部分が、息子に遺伝したのだろうか?
「しかし、2歳になる前からあれではなぁ。」
正直先が思い遣られる。
自分似の癖毛な金髪頭をした我が子、リヒト。
背後から見る限りでは、自分の幼少時そのものらしい。
母子共に乳母をしてくれているマーナを筆頭に、多くの者がそう言う。
ただくるりと正面を向いたその顔には、見事に煌くエメラルド色の双眸があり、誰もが『あぁ』と両目を細めるのだ。
正しくお父上に似ですなぁと言いながら。
「ともかく、今日は機嫌が良いまま寝付いてくれるといいなぁ。」
周りに誰も居ない今、ふとそんな呟きが口から出た。
我が子は可愛い、だが日常が伴えばそれだけでは済まない。
あの怪獣をどうやったら上手く操れるようになるだろうか?
可笑しいかな、それがオーブ国代表首長を務める自分の、目下最大の悩み事であったりしたのだ。



送迎車から降り、入り口の門扉の前で一つ深呼吸をする。
今日は昨日よりもかなり早い時間の戻りである。
カガリは意を決して城へと足を踏み入れた。
いつも通りの出迎えを受けながら、プライベートエリアへと向かい歩み行けば、途中で 執事が『アスラン様も、既に御戻りになられております』と告げた。
これに微かに驚きながらも、とりあえず子供部屋の方へと向かい行けばだった。
「まぁー!」
正面から、これでもかと言わんばかりの笑みを浮かべて駆け寄ってきた一つの存在。
その姿に驚き、先程まであった憂いも何処へやら、カガリは微笑み両手を広げていた。
「ただいま、リヒト!」
「まぁーま、かぇーり!」
飛び込んできた小さな愛息子は、こそばゆい香りと温もりを孕みしっかりとこの身に吸着してくる。
生まれて直ぐには無かった、あの頃とは違う陽の香りがその身を覆い、高らかに愛しい言葉を発する我が子。
「まぁーま!かえーり!かえーり!」
あまり日中に一緒に居る事が出来ない所為だろうか、リヒトは戻って来た私にとにかくしがみ付き同じ言葉を連呼する。
疲れた身にはしんどいと思いつつ、やはり親馬鹿なのだろう、その言葉に『ただいま!』と繰り返し答えている自分。
「出迎えありがとうな。」
エンドレスな遣り取りに笑いながら終止符を打ち、しゃがみ込み息子の目線に合わせた。
「でもな、リヒト?独りで勝手に動き回ったら駄目だって言ったろう?」
1人で自由に歩けるようになってからこっち、この小さなモンスターは勝手に何処かへと行こうとする。
好奇心旺盛なのは良いが、自分で身を守る事が出来ないだけに、乳母やらSPやらが大わらわだ。
あまり強く制止の言葉をかけるのも難だとは思いつつ、いつ何時、リヒトを狙い定めている輩が現れんとも限らない。
早いうちから独り身になる危険性だけは、しっかりと植え付けておかねばならない。
まあ、親となった今、それを強く切に思い知ったわけだが・・・。
「リヒトが急に居なくなると、マーナが怒られるんだぞ?」
「ん・・・まーな?」
「そう。だから独りで勝手に何処かに行ったりしない事!」
両目をややキツク細めながら、ツンと小さな鼻の頭を指で突き告げた。
つぶらなキラキラと輝くエメラルド色の双眸が、瞬きながら自分の顔をジッと見つめる。
その眼差しに堪らず表情が緩みそうになるものの、ギュッと意識を引き締めた。
そして殊更目に力を込めて息子を見やればだった。
だが直後、『ヤッ!』という短い言葉が耳に届き、剥れたように顔を横に向けた我が子に、カガリは大きく両目を見開く。
「やなの!」
「リヒト?」
「それ、ヤッ!」
叱られたと思ったからなのか?
嫌そうな顔つきで横を向いた我が子に、困惑が胸を占めた。
「リヒト?」
思わず名前を呼び顔を追いかければ、先程まで輝いていたエメラルド色の双眸が一瞬にして光を失っていた。
嫌そうな顔つきをしているその子に、心が歪む。
昨日に引き続いて、今日もだ。
成長に応じて反抗期が訪れるものだと、頭で理解していても心がついていかず。
何で分かってくれないのかと、愛しさ故の苛立ちが胸に込み上げかけた、その時!
「こら、リヒト。」
穏やかな低い声がこの場に響き、私も息子もハッとなり其方へと顔を向けた。
「駄目だろう?」
直後に大きな手がリヒトの頭部を掴み、柔らかな笑みを讃えた夫の姿がこの目に映ったのだった。

   
   
   
パパとも約束をしただろう?
話しかける彼の声は、何処までも優しくて温かい。
軍部上官である為、厳しい顔つきをしているのが常らしいが、ふとした折に見せる表情や声に、今でも惹かれるこの胸。
オーブ軍内でも、心を惹かれている女性士官が多く居るのではないだろうか。
単純にそんな事を思い、カガリは歩みやって来た夫・・・アスランを見つめた。
 「正義のヒーローは、約束をしっかり守らないといけないんだぞ?」
話しながら、夫は屈み込み、リヒトをソッと抱き上げた。
父親に抱えられ、臍を曲げていたのも何処へやら、再びその瞳にキラキラとした光を戻す愛息子。
「リヒトは格好良いヒーローになりたいんだろう?」
「ん!」
「なら、ママとパパとの約束は守ろう?」
高場から望む両親の顔に、息子は嬉々とした表情に戻っていた。
最近、『ヒーロー』という言葉に何やら心を惹かれているらしい。
その言葉を聞くだけでも喜ぶ。
そんなリヒトの心を操りつつ、夫は大きく微笑みながら尚も口を開いた。
「分かったのならば、ほら、マーナさん達が探しているぞ?」
ゆっくりとリヒトを下ろした傍から、侍女達が駆けてくるのが目に入った。
どうやら湯浴みへと向かう最中だったらしい、侍女の1人は大きなバスタオルを手にしている。
そしてわらわらと侍女達に取り囲まれ、リヒトは誘われるままに向かい行く・・・かと思いきやだった。
「や!」
「リヒト様?」
「や、なの!」
再び顔を顰めて、彼女達から逃げ出そうとする息子。
その姿に苦笑をしつつ、ふと昔の自分の姿が重なり見えた気がした。
大人達に囲まれ、時に傅かれ、その中で面白くもあったが、やはり何より求めていたのはだ!
「リヒト?今日は私と一緒に入るか?」
呼び止め歩み寄り、渋い顔つきの息子へと問いかけた。
こんな時間に戻る事が早々出来ないだけに、母として、 大きくなったその身をこの手で洗い、そしてゆっくりと時間を共にしてあげたい。
「一緒に、浴室で遊ぶか?」
告げた途端に、一際大きく煌いたエメラルド色の瞳。
そして『うん!』と頷き答えた息子へと、両手を差し出す。
歩み寄り、ギュッと我が子をこの身に抱き締める。
「じゃあ、私も直ぐに浴室へと向かうから、先に行って脱ぎ脱ぎしておこうな?」
うんうんと、リヒトは今度こそ大きく頷いた。
その素直な姿に心を癒されつつ、じゃあと息子を侍女に預けようとしてだった。
「パパも!」
何故か其処で夫の方を強く振り返り、片手を伸ばしたリヒト。
その意味成す行為に、この場に居た誰もが一瞬静止、そしてゆっくりと夫を見やった。
「リヒト?」
「パパも、なの!」
思わずカァと顔が熱くなる。
子供の無邪気さというのは、時に救いようが無い。
当のアスランはというと、両目を瞬き、受けた眼差し(恐らくは侍女達からのモノ)に困惑しつつも、片膝を折り息子へと顔を近づけた。
そして『パパも一緒で良いのか?』と確認、これに大きく頷いたリヒトに苦笑するばかり。
「じゃあ・・・パパも入ろうかな?」
「うん!」
この答えを聞いて、ようやく嬉しそうに侍女達と向かっていった我が子。
その姿を見送りつつ、カガリはホウと一つ息をついた。
帰ってきて早々、何とも仰々しい事である。
自分を出迎えてくれた愛しいエネルギーの塊に、疲れも相まってだろうか、少しばかり頭の中がボーとするようだ。
「カガリ。」
そんな自分の名を呼び、ゆっくりと背後からこの身を包み込んできた存在。
ソッと見やれば以前と変わらぬ鮮やかな翡翠色の瞳があり、だがより一層鍛えこまれたその体躯が、出会った頃よりも逞しく感じられる、そんな夫の胸に軽くこてんと頭部を預け、私は小さく笑った。
「ただいま。」
何でもない挨拶。
だけれど、それがこの胸を酷く和ませる。
周りに誰も居なくなった今、夫婦のスキンシップに頬も緩む。
「今日は早かったんだな。」
「ああ。たまたまな。」
夫の答えにはにかみ、内心で大きく安堵していた。
先程、息子がむずがった時に出現してくれたおかげで、昨日に引き続き、またあんな風に大泣きされるのだけは避けられたのだから。
「さっきは助かった。」
「どういたしまして。」
告げた自分の顔の横で、夫が微笑む。
はにかみつつ、『さてと』と前置きすると、プライベートルームへと向かうべく身を動かそうとした。
リヒトをあまり待たせてはおけないと思ったからだ。
しかしキュウと再び抱え込まれた上半身。
「アスラ・・・!?」
刹那に意識そのものを彼に奪い取られ、カガリは驚きつつも、流されるままになる。
やがて離されたこの身に、軽く呼気を整えつつ夫を見やった。
軽く睨めつけ、浮ついた気持ちも宥めながら。
「こんな場所で、いきなりするか?」
小声でそう言ってやったものの、何処吹く風だった。
「夫婦なんだ、構わないだろう?」
所謂、お帰りのキスというやつだろうか。
そんな事を思いつつ、堂々たるその姿に苦笑をした。
付き合っていた頃には無かった大胆さが、夫となった今の彼には何処かある。
これは子供が生まれてから以降、特に感じられる事だ。
様々な戸惑いを乗り越え、今はある種の境地に至っているからかもしれない。
そして彼の迷いを断ち切ってくれたのは、恐らくリヒトだろう。
「これから一緒に浴室に行くんだ。これぐらいの事・・・。」
これぐらいの事?とわざと復唱してやれば、アスランは破顔した。
「そう。たったこれ位の事。」
いつまでも恥らうべき事じゃない。
そう口にしておきながら、私からの視線を受けてアスランは口を閉ざした。
先程、侍女達の視線を受けて照れていた自分を思い出したのかもしれない。
だがやがて再び目と目が合えば、自分も夫も共に顔を綻ばせていた。
そして身を寄せ合いながら、ゆっくりとプライベートルームへと向かい歩き出す。
カガリはソッと両目を閉じた。
愛しい一人息子によって翻弄されている自分達。
けれど・・・新米父母というのはきっとこういうものなのだろう。
そう感じた直後、気持ちはやや楽になっていた。
仕事の疲れは残っているものの、心は解れていく。
そして隣を歩く夫へと、更にしっかりと身を寄せたのだった。



                         ~完~


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