お久しぶりの更新です^^
次でこのお話も終わりになると思いますので。
では、↓↓本文へどうぞ!
カガリは自国へ帰途する専用機の中、重い吐息をついた。
地上から遥か上空、安定飛行に入った機体は長閑なエンジン音を立て、透き通った青い空の中を漂っている。
だが胸の内は鈍よりとしたまま、まだこの靄が晴れる事は無い。
明日、幾年かの月日は過ぎたものの、あの凄惨な事件があったその日が再び訪れようとしている。
プラントに住まう人々は、遣り切れない哀しみを胸に、一瞬で奪われた多くの命を想い募っているのだろう。
そして地球に住む人々もまた、また別の意味でその重みを噛み締めている筈だ。
凶行の痕は連鎖して、澱となって多くの人の心の中に負の作用をもたらしている。
決して消えはしない、永遠の傷痕。
「今直ぐに、南アフリカに居るキサカに連絡を繋いでくれないか。」
カガリは秘書官へと告げ、組んでいた両手を解いた。
考えていた所で何も解決はしない。
せめて現地の情報だけでも、今は入れておくべきだろう。
元自分の護衛を担っていた存在・・・キサカは、今回の事態に自ら志願して現地へと発って行った。
元々の血筋はあちらである事もある、やはり今回の一件は並々ならぬ想いで居るのだろう。
「カガリ様。」
繋がった回線の先、懐かしい精悍な顔つきをした男が映った。
自分の護衛として共に過ごしていた時間は彼方へ、その顔には幾分か老いが見て取れる。
だがその眼差しは変わらず、凛とした光を灯して居る。
戦時下、ヘリオポリスで地球連合軍が密かに開発をさせていたMSを目にし、国にて父とぶつかった私。
『お前は何も知らぬ』そう言われ、ならばと国から出て戦場へと足を向けた。
そんな自分に着かず離れず傍に居てくれた。
『貴女が無事に国に戻るまで、私がお傍でお仕えさせて頂きます。』
画面に映った彼の姿に、重なった過去の一面。
不測の状況の中、吹き荒れていた胸の砂嵐が、ほんのりと納まりをみせた気がした。
明日は2月14日。
『代わりに、花を添えておくよ』そう友からのメールを受けて、『すまない』と俺は返信を送ったのが昨晩の事。
本来ならば命日となる明日、自分の手で花を手向けに行くべきなのだろうが、そうも言って居られない状況に、止むを得ず頼んだ。
万が一の事態に備えて、オーブ軍も出動出来るようにとの通達が出ている。
指揮官という立場にある以上、緊急時に迅速な対応を取らねばならない。
とにかく今は神経を尖らせ、世界各地へと目を配る必要がある。
多くの人が互いの命を尊重し、それぞれの距離を持って暮らす世の中で、自らの意識が突出する余りに、それに相反する他人を許せぬ者たち。
過去の歴史を遡れば、そういった者達によって繰り返された痛ましい事件が実に多くある。
勿論、彼等がそういう行動に走るに至った経緯があり、彼等もまた同じ人である。
だが自分の想いを知らしめる為にと、誰かを犠牲にする行為を赦すわけにはいかない。
人を人とも思わぬ者達からこの国と多くの命を守る為、自分はその為に此処に居るのだから。
「ザラ准将。」
定時の報告をしに、部下がやってくる。
そのデータを受け取ると、彼へと問いかけた。
「プラントのカーペンタリア基地、並びにジブラルタル基地の方からは、特に何も連絡は入っていないか?」
「はい。両基地からは特に異常無しとの事です。」
一つ頷き、『分かった』と告げて退出を促した。
部下の足音が遠ざかっていくのを耳にしつつ、また別の端末へと手を伸ばした。
短い間の後、『はい、こちら行政府です』という応答が聞こえた。
「今日のアスハ代表の帰国時間は、当初の予定通り午後6時頃という事で変更は無いな?」
「はい。ありません。」
端的な確認だけを取ると、回線を切った。
今のこの時、国の代表たる彼女の無事な戻りは重要な事だ。
暴動が起こっているとされる場所もそうだが、暗躍する者の真の狙いが他にあるとも限らない。
当然、オーブ国首長を護るべく優秀なSP達が付いては居るのだが、やはり気にはなる。
報告書の内容を端末にて確認しつつ、一つ吐息をついた。
監視厳となっている今、その中身は膨大だ。
しかし出来た部下等によって、内容はレベル分けされ、自分が必要としているであろう情報が手早く読み取れるようになっている。
アスランは軽く両目を閉じた後、再び睨むようにして画面を見つめた。
昨晩、不意に懐かしい夢を見た。
『この子達は凄いのよ。マイナス10度ぐらいの寒さならば、へっちゃらなんだから。』
それはまだオーブのコロニーヘリオポリスに居た頃、母の研究するラボに赴いた時の事。
広大な敷地に等間隔に植えられた植物達の群れの中、微笑みながら話していた母。
『寧ろ少し寒いぐらいの所が良いの。その方が、キュッと身が引き締まるのね。』
母は真面目で、自分の内面を飾らない人だった。
そして子供の目から見ても、一枚、また一枚と内側から葉を巻いて育っていくその野菜達の研究に、心身を注ぎ込んでいた。
『アスランも、少しずつで良いの。自分の中に素敵な芽を育てていってね。』
懐かしい声音。
だが夢の中でそう告げた母に、自分は思わず首を傾げていた。
生前の母は、そんな事を言っていただろうかと。
記憶に無いその言葉に、疑問がこみ上げ・・・そして目が覚めた。
静かな居室には、自分独りきり。
普段ならば隣に並んで眠る伴侶も、今は未だ他国へと赴いたまま戻らない。
起き抜けに一つ大きく息をつき、くしゃりと頭部に手をやった。
今頃こんな夢を見るなんて、やはり相当に意識が張り詰めて居るからだろうと。
聞いた覚えの無い言葉を告げた夢の中の母に、何とも不思議な思いが込み上げた。
素敵な芽を育てろ、か。
呟き、そしてフッと目をやった先にあったのは、例の小さな鉢だった。
数日前、国を出立する前日の夜に、妻から預かった物。
このベッドの中で愛しい彼女から伝え聞いたソレの経緯に、成る程と頷きつつ自分は任を受けたのだ。
『ついこの間、亡くなられたそうだ。』
妻であり、この国の現首長を務める彼女・・・カガリは、恐らく複雑な想いでこれを受け取ったに違いない。
オーブ本土が被害を被った第一次大戦にて逃げ遅れた贈り主の母親は、一命を取り留めたものの昏睡状態となった。
当時の贈り主は幼く、自分を抱えて逃げていた最中、辺りに飛来した弾の衝撃を受け母親は負傷。
オーブ軍兵士等に助けられ、安全な場所へと移動、迅速な応急処置が施されたものの意識は戻らず。
それから8年間、母親は眠り続けていたという。
『物心つくようになってからは、随分と世の中を恨みました。』
妻に告げた贈り主は、言葉とは裏腹に穏やかに微笑んでいたという。
『でも、自分を守ってくれた母や、助けてくれた兵士達、多くの人の支えがあって今の自分が生きているんだと。ある時そう思えるようになったんです。』
重なり思い浮かんだのは、今はプラントへと移住、ZAFTにて兵士となったシンの姿だった。
アイツも同じ、第一次大戦中にオーブにて被災、家族全てを失った。
突如として奪われた命に、人はまず憤りを抱かずには居られない。
第二次大戦にてZAFT機のMSに乗り、命令とはいえ祖国を攻撃する側へと回ったアイツ。
受け入れられない哀しみに、誰かを恨む事で心は安定を取り戻そうとするのかもしれない。
斯く言う自分もまた、キラやカガリに会わなければどうなっていたかは分からないのだから・・・。
『今はオーブにて園芸店を営んでいるそうなんだ。慰霊碑の花壇なども、その店に管理を任せてあるんだ。』
憎しみに心を染めても、それは怒りの感情を生むだけ。
この鉢植えには、贈り主が精魂込めて開発した新種の花の種が植わっているらしい。
『どんな花が見られるのかは、成長してからのお楽しみです。』
贈り主からの深い想いを胸に、鉢植えを受け取った妻・・・カガリ。
自分もまた感慨深く、その鉢を見つめて居た今朝。
何かを護る事は容易い事では無い、だがその為に力を注ぐ事が大事なのだ。
そう深く思い至れるようになった自分。
「今がその時だ。」
争いによって失う悼みを知っているからこそ、明日という日に新たな火種を起こさぬように!
南アフリカで巻き起こった暴動は、この時期的に見過ごせぬ不穏な要因である。
どうか、U7と共に永眠した多くの人々の魂を、安らかな気持ちで悼めるように!
気がつけば時計は間もなく午後5時となろうとしていた。
オーブ国首長等の帰国の一報も、そろそろ来る頃だろう。
意識を現実へと戻しつつ、再びデータ画面へと目を向けたその時だった。
「ザラ准将!」
訪れた部下を、ゆっくりと見やった。
だがその目が、一報を聞くなり細く険しくなる。
思わぬ知らせに、時間が嫌な音を立てて過ぎていこうとしていたのだった。
[22回]
PR