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01/02/05:41  曇りのち晴れ

いつもと同じ日常、追われるように続く、こなすべき分刻みのスケジュール。
手元の資料に目を向けながら、カガリはふと米神に手を当てた。
変わらない日々というのは、存外に貴重なモノだ。
でも・・・とそんな事を考え、眉根を寄せる。
時は12月の末、色々と忙しない事この上のない時期である。
「以上のような事を含めて、議会にての採決を願いたいと。」
話している者の姿をチラリと見やり、私は『分かった』と端的に答えた。
そして見事なまでに纏められた報告書に嘆息しつつ、目の前に立つ軍部上官へと向かい労いの言葉をかける。
「この報告書を元に、次回の議会にて採決を図ろうと思う。」
ご苦労だったな。
そう告げれば、それまで事務的であった形の良い男の眼差しがフッと緩んだ。
いえ、と否定した後、僅かな沈黙、そしてその瞳が自分を真っ直ぐに見つめてくる。
心に染み入る、綺麗な透き通ったその目。
本当に、何処まで整った様をしているのだかと、思わず苦笑しそうになった。
コーディネーターだからとは言わないが、あまりに美しいその造形。
想いが繋がった今となっては、多少捻くれた感情が生じたりもするというものか?
常に自分だけを見て居るわけにはいかない、彼にも彼なりの生活があるのだから・・・。
耳に入ってくる噂話は、時にこの胸を焦がす事もある。
オーブ軍広報内では、そんな彼のスター性を重視して、新規兵士募集の広告に起用したいという旨も聞き及んでいる。
まぁ、当の本人がそういう事に後ろ向きであるのが唯一の救いであろうか。
そんな事を思いつつ、自分に向かい、一礼をして踵を返したその者の背をジッと見つめた。
軍歴十数年の鍛え上げられた体躯、だが均整の取れたその背筋は決して無骨には見えず、軍服越しに整然としたシルエットを描きだしている。
更にその下、肌理細やかな素肌を知っている自分としては・・・思わずフウと一つ吐息が零れ出た。
これでは意識をするなと言う方が無理であろう。
何しろあの目、あの身体、そしてあの頭脳と仕草とあの声だ!
女を惹きつけて止まないに決まっている。
いや、放っておかれるわけが無い。
「わざわざご苦労だったな。」
これは先程も告げた言葉であった気がする。
でも自分は彼へとそう述べて、足を留めてゆっくりと此方を振り返り見るその者をジッと見つめた。
そして――アスラン、と胸の内で名を呼んだ。
すると何故だろう、既にドアの面前ぐらいまで進んでいた彼が、そのままジッと此方を見つめ返してきて。
「代表?」
そう問いかけられた気がする。
何だ?
私は目を瞬き、再び胸の内で彼の名を呼んだ。
だが可笑しい事に、それまで自分に届いていた音という音が消え去り、視野に黒いヴェールのようなものがかかりだす。
直後にツキンとした痛みが頭の中に走り、まるでシンバルの如き音が脳内を覆った。
「代表!?」
誰かが大きくそう呼ぶ声だけが耳に聞こえたものの、私は両手で額を押さえ俯いた。
そして辺りは闇に包まれる。
この後にどうなったのかは分からない、正に前後不覚の出来事であったのだ。
  

   

薄っすらと浮かび上がっていった意識の先、ぼんやりと見えたのは、まず馴染み深い天井だった。
あれ?と思い一旦目を瞬き、もう一度しっかりとソレを目に映しだす。
軽い違和感が胸に生じ、そして此処はアスハ邸か?と辺りに目を向けた。
間違いない。
だがどうして自分は自室で寝ているのだろう?
近くの窓へと目を向ければ、其処は既に薄闇の中。
どうやら時間の感覚も狂っているらしい。
薄っすらと思い起こした記憶の中、其処は明るい昼間であった気がするのに?
そう思いゆっくり身体をうごかそうとすれば、どうにも鈍く重い頭の中。
これに顔を顰め、私はソッと片手を額に宛がった。
どうしたのだろう?
そして鈍い頭の中、必死で記憶を手繰り寄せようとする。
「気が付いたか?」
だが此処で突如として脇から聞こえた声音に、私は驚き顔を向けた。
見ればベッドサイド、その壁際にある椅子に腰掛けている人が一人!
気付かなかったが、彼は其処でジッと自分の様子を見ていたらしい。
手にしていた本のような物をサイドテーブルへと置くと、立ち上がり此方へと歩み寄ってくる。
そして流れる動きでもって、額に乗せられた彼の手。
「まだ熱があるな。」
ポーっと高揚していくような頭の中、私は目の前のアスランをただただ見つめた。
そう言われてみれば、このモヤリとした嫌な感覚は熱の所為だろうか?
考えた瞬間にツキンと頭が痛み、両目を瞑った。
久々に風邪をひいたのか?
「今は・・・?」
何時なのか?
覚醒したばかりで舌が乾いている、掠れる声でそう問えば、彼は午後6時だと答えた。
確か行政府の執務室に居た時は午後1時ぐらいであったから、相当な時間が経っている。
「あの後・・・?」
私はどうなったんだ?
そう尋ねれば、彼はフッと顔を緩めた。
そして額に乗せられていた手が、優しく頭部を撫で、そして頬へと移動していく。
「大丈夫だ。後の事はちゃんとフォローされているから。」
とにかく今は、しっかりと身体を休める事が先決だ。
柔らかい声音でそう言われれば、思わず両目が細まった。
見つめるその瞳にだろうか?
触れられた頬が、何とはなしに熱くも感じられて。
「うん。」
目の前の彼へと向かい、とりあえず頷きそう述べた。
恐らく多くの者の手を煩わせてしまった事だろう。
それを遺憾ともし難く思いつつ、やはり何より眼前に居る彼の姿に胸が弾む。
「そういうお前こそ、大丈夫なのか?」
そして気になった事柄を口にしていた。
今が午後6時ならば、彼はまだ軍部に居る時間である。
彼の配下の者達の事を考えれば、其方の方が心配になった。
自分はとりあえず此処で休んでいるから、こなすべき仕事をこなしてこいよ!と。
 頭がほんのりボウッとするようで、けれどもこれぐらいならば・・・と、気取られぬよう強気に微笑んでみせる。
これに彼は一瞬奇妙に沈黙した。
そしてあの翡翠色の双眸を細くして、寝転ぶ私をジッと見つめてくる。
「アスラン?」
不思議に思い、彼の名を呼べばだった。
「俺の事よりも、自分の事を心配しろよ?」
「って・・・え!?」
「軽く肺炎になりかけていたそうだ。」
唐突に告げられた病状に、目を瞬く。
肺炎!?
そして驚き胸元に手を当てた。
よもやそんな病にかかっていようとは!?
ああ、でも、成る程、だからか常よりも体が重くしんどいのは。
「だから、くれぐれも無理は禁物だ。」
「そっか・・・。」
神妙なその声に頷き、私は一旦両目を伏せた。
やがてソッと目を見開き、彼を伺うように見つめればだった。
「全く・・・!」
「え?」
そう言うと、何処か怒ったような笑みを浮かべつつ、ジッと私を見つめてきた彼。
その目に、トクンと胸が跳ねる。
「アスラン?」
私は名を呼び小首を傾げた。
すると彼の目は細くなり、と同時に、ソッと額に落とされたキス。
そして甘く優しくしっかりと抱きしめられて・・・!
これに熱の所為でなのか、それともアスランの所為でなのか、判別出来ない程に頭の中が真っ白になっていく。
「俺は此処に居るぞ!」
更にボソリとそう告げて、私をより強く抱きしめてきた彼。
その姿にしっとりとこの胸は満たされ、密かに蓄積していた粗野な気持ちも霧散していくようだったのだ。

 
やがて彼が教えてくれたのは、嘘か誠か、正に赤面するしかない、倒れる直前からその後の私の行為。
自分では胸の内だけで呼んでいたつもりなのに、実際に私は彼の名前をうわ言で何度も口に出して呼んでいたらしい。
「う、嘘だろ?というか、記憶に無い!」
どこか愉快気に話す彼に、それが真実なのか否か、その場に居た補佐官等に確認を取るわけにもいかず、真実は今だ謎のまま。
ただこの事件の後しばらく、彼が思いの他上機嫌であった事、それから補佐官達の目が、何となくだがそれまでと違って見えた事、これは紛れも無い事実であったのだ。

 

                       ~曇りのち晴れ  完~

                    
  

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01/01/16:55  2014年 明けました!

あけましておめでとうございます!
去年は稚拙なサイトながら、大勢の方にお越し頂きありがとうございました。
今年はとりあえず2月、アスカガオンリー『アルビレオ』がありますね!
私は現地へは行けないと思うので、中部地方から強いエールを贈らせて頂きます!
そして出来れば定期的に小説をUPしていけたらなぁ・・・と、一年の最初の抱負として此処に記しておこうと思います。

WEB拍手からのコメント、そしてこのブログ付属の拍手からのコメント、どちらも心の暖まる思いで読ませて頂いてます。
鈍な人間で反応が無く申し訳ないですが、頂いたお言葉を胸に、これからもまだサイトの方維持していくつもりですので!

そうそう、今年はどうやら厄年のようです。
しかしあまりそういった事を気にしたりする方ではないので、まぁ、気をつけて日々を送っていけば大丈夫だろうな・・・と。
こういう時こそドーンと構えていきたいですしね。
(とか言って、こういう事を文章にしている辺りがもう小心者だったりw)
とにかく、躍動感ある一年に出来たらいいです!
無茶な事は出来ない人間なので、出来る限り前を向いて頑張ろうと思っています!

では皆様にとってもよい一年となりますように!

 

 

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11/30/00:43  データ喪失・・・!?

お久しぶりにブログを更新いたします。
気付けばもう12月・・・年の瀬ですね。
時が経つのは本当に早い!
この間、暖かいお言葉を拍手などより頂けて、心から感謝しております!
本当にありがとう御座います^^
そして来年の2月には、再びアスカガオンリー『アルビレオ』が催されるとの事!
なんて素晴らしい・・・!!
そんなこんな色々と嬉しい事がありまして、アスランのお誕生日祝いSS、大変遅くなりましたがつい先日UP致しました。

がっ・・・しかし!

どういうことなのか、本日サイトの方を何気に見てみましたら?
一昨日更新した分がまるまる、消失しておりまして(汗)
自分が操作して失せたという記憶は全く無く、現在サーバー元に問い合わせ中です。
生憎とPCからサイトへと転載した際に、PCの方の文章は消去してしまいまして・・・。
データが戻らないのであれば、まるっと前半書き直しです。
そんな事に今日の午前中気付きまして、しばし呆然としておりました(溜息)
駄目ですね、やっぱりデータは取って置かないと。
元々アナログな人間なだけに、用心が足りません。
以後気をつけたいです。
とりあえず、アスラン誕生祝SSはサーバー元の返答を待ちます。
代わりに、何か他にUPしようと思っていますので。

そんなこんな事後報告。
寒くなってきました、皆様風邪等にご注意を!

 

 

 

 

拍手[10回]

10/02/01:12  To be, or not to be?

爽やかな風が吹き抜けていく、6月のとある日。
本日は梅雨時期に珍しい、まっさらな青空が広がっている。
そんな中、俺はいつもの時間に家を出立、鞄を片手に学校への道を歩んでいたのだが?

「おはよ!アスラン!」

キキキッというブレーキ音と共に、背後から聞こえてきた快活なアルトの声。
これに俺はいつもの如く苦笑して振り返った。
すると其処にはやはり、フワフワとした金髪の猫ッ毛をした、同じ高校に通う女子の姿があって。

「相変わらず、朝から威勢が良いな。」
「ん、そうか?」

キラキラと輝く琥珀色の双眸。
その目に、自然と惹き込まれて行く己の意識。

「でもさ・・・今朝はちょっと寝坊して、朝ごはん食べて来れなかったんだ。」

そう言って、眉尻を落としつつお腹に手を当てた彼女・・・カガリに、俺は堪えきれずフッと破顔した。
彼女とは小学校以来の付き合いであり、実に快活でサッパリとした性格の持ち主である。
故に、気の置けない友であり、そして最近では時折、それ以上の存在だと感じていたりもして・・・。

「あ、そうだ!アスラン?お前、途中まで運転してくれないか?」
「って、はぁ?」
「だってさ、このままだと私、昼まで体力的にもたない気がするから・・・。」

話の最中、いきなり自転車からゆっくりと身を退け、此方へとハンドルを差し向けてきた彼女。
この予想外な展開に、俺は両目を見開いた。
いや、運転してくれないかって!?

「それは、後部にお前を乗せてという事か?」
「うん。」
「それ、校則違反じゃ?」
「ん・・・?」
「恍けるな!というか、何で俺が?」

朝っぱらから、一体何を言い出すのか!
俺はそのように言ってやったのだが。

「良いから、早く!ホラホラ!時間がなくなるだろ?」
「・・・って、オイ?」
「アスラン、な!頼むって!」

そうして俺の脇へと自転車を寄せつつ、斜め下から見上げてきたその瞳。
そのキラリとした鮮やかな目に、俺の中で鼓動が跳ねていた。
いやその瞳だけじゃない、最近妙に目に付いて止まない桜色の唇といい、白く柔らかそうな頬といいだ!

「・・・仕方ないな。」

表面上渋々と言った感じで、俺は差し出されたハンドルへと手をかけていた。
途端、より一層近づいた互いの距離に、フワリと鼻に感じた彼女の芳香。
この爽やかなオレンジの香りは、シャンプーの匂いだろうか?
そんな些細な事に、意識がふわふわと高揚していくようで。
サドルをひょいと跨ぎ、俺は右足のペダルを漕ぎ易い位置へと引き上げた。
そうして前のお洒落な編み籠へと、致し方ない素振りでもって己の通学鞄をグイと押し入れる。
幾分ゆったり目な前籠ではあるものの、流石に彼女のと2つも並び入ると余裕は無かった。
俺はグラリと揺れたハンドルを、ギュッと両手で握り締めて。

「良いぞ?」

背後で待っていたカガリへと声をかければ、彼女は『ヤッタ!』と口にして、嬉しそうに荷台へと腰を下ろした。
校則よりもやや短いスカート丈の為、フワリと斜め乗りをしたカガリ。
そしてその両手が、自然と己の腰元にキュッと寄り添って・・・!

「っ・・・その、しっかり掴まってろよ?」
「あぁ。」

どくどくと五月蝿い心音を他所に、俺は彼女へと忠告。
答えを得るなり、グッとペダルを漕ぎ入れた!
身を掠め行く風と、過ぎ行く辺りの景色。
そんな中、俺とカガリとは共に1つの風となりゆく。
走り出してみれば実に爽快。
歩いているのとは違う、心地良さが身に感じられるようだった。
いや、これはやはり触れている背後の存在の所為だろうか?

「あぁ~、気持ちいいな~!」

その時、荷台にて揺られていた彼女が高く声を発した。
如何にも愉しげなその声音に、俺の顔も自然と緩んでいく。

「お前は、人に漕がせておいて・・・この貸しは高くつくぞ?」
「あはは!うんうん、分かってるって!」

半分冗談でそう言ってやれば、陽気に返って来た答え。
分かってるって、本当に分かってるのか?

・・・俺が今、どんな気持ちで居るのか。

いや、きっとコイツは気付いてなんか居ないだろう。
今、どれだけ俺の胸が早鐘を打っているのか。
らしくなく、気分が上擦っていたりするとか。
そう、このまま時が止まれば良いのに、とか・・・。

・・・もっともっと、カガリに触れたいと思っている事なんて!

きっと彼女は分かっていない。
俺がこんな想いを抱いているだなんて。
でも、寧ろその方が良いのかもしれない。
今の自分の胸の中、どんな淫らな感情がある事か!
心中、相反する感情がグルグルと渦を巻く。
彼女へと抱く想いが高まる程に、逆に怖れもまた強くなって。
変に気持ちを知られてギクシャクしてしまうぐらいならば、今のように、屈託の無い親友で居られれば良い。
そんな風に思うから・・・!

「お!カガリ!」

だがその時、走り行く俺とカガリに向かい、斜め前方より聞こえてきた低い声。
見れば他校の制服を着た、見知らぬ男子・・・恐らく同じ歳ぐらいだろう・・・が、自分達に向かいひょいと片手を挙げていた!

「あぁ~!アフメド、おはよ!」
「何だよお前。朝から何楽こいてんだ?」
「へへ~!良いだろ!」
「ったく。」

ソイツはカガリへと妙に親しそうな声をかけてきた。
いや、遠目にではあるが、その男の顔と視線から伝わり来る感情!
恐らくソイツもまた、彼女の事を・・・だ!

「じゃあ、またな!」
「あぁ、またな!」

すれ違いざま、片手をカガリに向かい軽く振りつつ、ソイツは俺へとジロリと嫌な目線を加えてきた。
俺もまた、そんな男へとチロリと冷たい目を向けて、そして思い切り、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
ソイツがどんな奴で、カガリとどんな関係なのか?
分からない・・・分からないが、恐らくは自分と同じ、単なる男友達であろう。
そんな風に推測しつつだ。

――でも、もしかすると・・・?

思わず嫌な想像が脳裏に浮かび、俺は大きく顔を顰める。
カガリは顔が広く、男友達も多い。
先程の奴にしてもそうだ。
もしかしたら、自分が知らぬ間に彼女が誰かのモノになってしまう日が来るかもしれない!

――そんな事って・・・!?

ズキリと嫌な感覚が胸を襲い、グッと両目を伏せた。
考えたくない。
いや、あって欲しく無い事だ!
でも実際に、うかうかして居たら、彼女は他の誰かのモノになってしまうかもしれない!?
そうだ、このままでは・・・!?

「何も変わらないよな・・・。」
「ん?」
「いや・・・何でもない。」

俺は思わず頭を振り、彼女へと誤魔化した。
だが胸を襲う妙な焦燥感。
それが、己の腰元にピタリとくっついている、その愛しい身体の感触により一層高まっていく。
自分は彼女の事が・・・。

――好きだ!

心の中でそう唱える。
途端にグッと高まった心臓の音!
そして意識が妙にふわりとなって。
だが、この刹那!

「ッ・・・スラン、前!?」
「え?」
「ひゃっ!」

ガコンと前輪が何かに乗り上げていた。
グラリと揺れたハンドルと、ふらついた後輪!
そして背後に横乗りしていた彼女諸共、大きくバランスが崩れて・・・!

・・・不味い!

咄嗟に俺は身を返して、彼女を両腕の中に抱え込んでいた!
そして見事に片側に傾き倒れていった自転車。
その短い浮遊感の中、俺はカガリの身をより強く抱きしめて!

・・・彼女だけは・・・!

「っ・・・痛。」

この身を襲った鈍くも重い落下の痛み!
俺は自転車と共に、道路へと絡みもつれ、真横に倒れていた。
だが聞こえた腕の中からの声に、顔を顰めつつも俺はソッと目を向ける。
すると目の前、本当に数センチという場所に彼女の顔があってだ!

――ドクン!

自然と体温は上昇、息が止まっていた。
ずっとずっと、思い願っていた愛しい存在!
それが今、こんな近くにである!?

――ドクドク、ドクドク・・・!

「お前・・・いきなり何やってるんだか?」

しかしそんな自分に気付かない彼女は、やがて顔を顰めながらポツリとそう言った。
惹かれて止まない琥珀色、その双眸で俺を、俺だけをジッと見つめて・・・!

「大丈夫か?」
「・・・え?」

声が上手く聞こえなかった。
ただ感じるのは、視近距離で自分を見つめている彼女の瞳と、それから・・・!?

「おーい、アスラン?」

キョトンとした顔つきで、より自分を見つめてきた彼女。
その顔を目にしながら、俺の心はグルグルと強く葛藤しだしていた。
果たして・・・告るべきか、否か?

「どうしたんだ?」

何処か痛むか?
大丈夫なのか?
真っ直ぐで鮮やかな琥珀色が迫る中、俺の思考回路は混線。
だが身体だけは素直に、彼女を抱きしめたまま放そうとはしなかったのだ。





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07/03/18:00  陽だまりの仔 10  ~Episode of a dog~


その日、飼い主が向かった先は『あの』気に喰わないネコの居る場所だった。
どうにも澄ました所のある、見るからに苛々とさせる存在。
普通、ネコは自分を見て警戒を露にするもの。
まして吼えてみせれば、大抵はビクリとして恐れ戦く。
それなのに!?
・・・気に喰わない!
俺は主人の腕の中からソイツの方を睨み見やった。
以前に一度だけ訪れた事のある室内、そのソファーの上でジッと自分を見据えているソイツの目には、静かな闘志が灯って見えた。
・・・俺と張り合おうとでもいうのか?
異型なるその存在に、自然と嘲る気持ちが沸き起こる。
細い足、小さな口、まぁ、動きはすばしっこいのかもしれないが、所詮はネコだ。
馬鹿なヤツめ。
俺はそう思っていた。



自分を見る人間は、大体が『素敵ね!』とか『可愛い!』とか言って撫でてくれる。
当然血統書というものがあり、特別な血筋なんだとか、飼い主も時折自慢げに口にする。
『お前の母親は、ドッグショーにて何度か優勝したことのある凄い犬なんだぜ!』
ソレ(ドッグショー)が何なのか詳しくは知らないが、恐らくその血を受け継いだ俺は特別な存在なのであろう。
そんなこんなで、自分は満足のいく暮らしを送ってきた。
だが最近、何とはなしにそれが狂ってきている。
原因は、飼い主の不調であろう。
今までは、毛並みの為にと特別な食事を用意されていた。
それが最近、妙に手抜きをされているようで、匂いはそれなりなのだが、食べてみるとカリカリパサパサ。
明らかに質が低下してきている!
これ正に怠慢!
好い加減にしろ!と、俺は口を大にして叫んでいるものの、当の主人は迷走を続けて居るらしい。
どうにも此方の様子を気にかけていない!
そして今日に至っては、程好い眠りに入りかけていた俺を抱きかかえると、この気に食わないネコの居る部屋へといきなり連れてきてだ!
・・・ああ、ったく!むしゃくしゃする!
俺はガリガリとオヤツ用ガムをかじりながら、苛々する気持ちを何とか抑えていた。
先程、喧嘩をかってきたあのネコを、体良く痛めつけてやろうと思っていたのに、飼い主は寸でて留めてきたりもしてだ!
これに納得は出来なかったものの、とりあえず(己のテリトリー内では無い為)引き下がってやったのだが・・・?
・・・いつまでこんな所に居るつもりなんだ!?
中々帰ろうとしない飼い主に、再び苛々が募りだす。
そもそも、何をしにこんな所にやってきたんだか?
見やった飼い主の様子は、どうにもこうにも釈然としない。
その情けなさに、込み上げてくる不満。
更にふと感じられた一つの視線、それを辿り行けばあの邪なネコが居てだ!
・・・鬱陶しい!
俺はその視線を跳ね除けた。
だが珍しくも声をかけてきたソイツに、俺の苛々は最高潮に達して・・・。
しかし此処でネコの飼い主が取り出してきた物!
その奇妙に走り回る物体に、思わず目が惹き寄せられた!
・・・あれは何だったのだろう?
ちょこまかと変な音を立てながら動き回るその物体、そしてその後をひょこひょことついて回っていたあのネコ。
見た事も無い物体に好奇心と、それから無様なネコの動きに笑みが込み上げた。
そして気が付けば走りだしていた俺は、ほくそ笑みつつ、やがて獲物を拿捕したのだが?
・・・アイツのあの様は何だったんだか!?
勝ち誇り、『どうだ!』とばかりに見やった視界の先、其処にはあらぬ方向を向いた黒ネコがいた。
しかもいつの間にであろうか、もう一匹新たなネコが出現してもいて。
何より驚いたのは、目にしたソイツの横顔にだった。
それまでただただ気障で済まし顔をしていた黒ネコが、まるで別物の如く微笑んでいたから!
これに俺は唖然となり、訳が分からず立ち尽くしたのだ。


あの日から数日。
俺はリビングに敷かれた専用マットの上で寝そべりつつ、再び思い遣る。
あれは果たして何だったのか・・・?
自分が目にした黒ネコ、あれは同一の存在であったのかどうか?
すっかり俺の存在など忘れたかの如く、金色のネコと話をしていた、あの時の表情が、自分だ意識の中に衝撃となって残っている。
何と表現したら良いのか、とにかくふやけた顔つきをしていたのは確かだった。
それまでムカつくほどに澄ました顔をしていたというのに、其処には屈託の無い笑みを浮かべたソイツが居てだ!
要因を考えるとしたらば、恐らくあそこに現れたもう一匹のネコにあるのだろう。
くるんとした丸い煌く双眸をしていた、小柄な奴。
多分メスであろう、黒ネコとの体格差からしてそう思えた。
そしてアイツはあのメス猫の事を・・・?
此処でひとつ吐息をつくと、首を捻った。
そして呆れと不可解さの入り混じった眼差しで、俺はリビング内で携帯をいじっている飼い主を見つめた。
そうだ、同じくこの男もここ最近ずっと可笑しいままなのだ。
まぁ多少穏やかさを取り戻した感はあるものの、今日はまた妙に浮き足立っている。
原因はというと、あのネコ同様、ある存在に意識を奪われているからだ!
『聞けよイザーク!ミリアリアがついに俺の誘いに乗ってくれたんだぜ!』
つい先日、キラとかいう奴がミリアリアのメールアドレス教えてくれたおかげだ、とかなんとか嬉しそうに話していたが・・・。
今日がその約束の日らしい。
全く、何なんだか!?
あのネコといいコイツと言い、どうしてこんな風になってしまうんだ?
俺は何度目かになる呟きを胸に落とした。

 

しかし・・・残念な事に、ここ数日の体調が一気に悪化。
朝から多少咳き込んでいたアイツは、朝食後、急にベッドに突っ伏してしまった。
『よりにもよって・・・』と気だるげな声で呟くと、大きくまた咳き込んで。
『ちくしょう』と悪態をつきつつ、主人は熱気の篭った眼差しで携帯を操作していた。
恐らく、一緒に出かける筈だった相手・・・ミリアリアとやらに連絡をしたのだろう。
「きっと、呆れただろうな。」
それから数分後、携帯をジッと見つめていた飼い主は、床にいる俺を見やり小さく口元を緩めそう言った。
「こっちから誘っておいて、ドタキャンだなんてな。」
『どうせ本気じゃなかったんでしょ』とか、後で言われるのかもな。
呟くソイツの顔つきは軽く、だがどこか自嘲めいたモノを感じさせた。
だから、俺は『黙れ!』と一吼えしてやる。
何をぶつくさ言っているのだか?
愚痴ったところで、状況が変わるわけじゃない!
今はとにかく体を休めて、それから色々と考えれば良かろう!
だが俺の一吼えをどう取ったのか、主人は『ハハ』と乾いたように笑うと、『だよな』と短く呟いた。
「本当、ツイテ無いぜ。」
体調も相まってだろう、自虐的思考。
これにムッとなり、俺は顔を覆っている主人の腕にカプリと軽く噛み付いてやった。
いい加減にしろよ!?
そしてキャンキャンと五月蝿く啼いてみせた。
すると『オイオイ?』と主人は俺を見やり、そして『分かった、分かったから』と言う。
「後でちゃんとご飯はやるから。それまでごめんな?ちょっと寝させてくれ。」
・・・違う!
「ん?って何だ?ああ、もしかしてオヤツが欲しいのか?」
・・・そうじゃない!
だから、どうしてお前は分からないんだ!?
全くもってちぐはぐな飼い主の捉え方に、苛々は込み上げてくる一方。
そして怒りついでに、辛そうにベッドに寝転んでいる主人の上へと飛び乗ってやろうかと、そんな風に思いやったその時だった。
不意に玄関チャイムが鳴り、俺も主人も驚きに目を見開く。
「こんな時に・・・誰だよ。」
そしてしんどそうに顔を顰めつつ、主人はゆっくりと身を起こした。
寒気がするのだろう、ブルリと一震えした後、のっそりとベッドから床に降り立つ。
俺はそんな主人の足元にソッと付き従いながら、玄関モニターがある場所まで向かっていった。
「って・・・え?」
だがモニター画面を目にした途端、何故だろう、主人は見事に直立していた。
そして『何で・・・』と呟くと、震える指を画面へと伸ばしていく。
「は・・・い。」
声は掠れ、途切れていた。
主人のその様に、俺は眉を潜める。
『あ、あの・・・私。ミリアリアだけれど。』
「・・・。」
これに当初は画面を見つめ、立ち尽くしていた主人。
だがややあって『ちょっと待ってろ』と呟くと、玄関へと向かい慌てて動いていった。
カチャリと開放したドアの向こう側には、凜と小さく立つヒトが一人。
「って、どうした・・・?」
「あ・・・っと、キラに貴方の住所を聞いて。それで・・・突然にごめんなさい。」
「今日、無理って、さっきメールで・・・。」
「うん。ちゃんと届いた。でも・・・。」
玄関先の奴はそう言うと、ソッと主人を見つめた。
これに主人は軽く首を傾げ、だが直ぐにゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫、なの?」
「ん・・・まぁな。」
だがそう言ってから、またゴホゴホと咳き込む。
これに客は心配気にその顔を覗き込んできて。
「酷い咳ね。」
「ん・・・。」
「その、一応適当に林檎とか果物の缶詰とか買って来たんだけれど。」
そして手にしていたビニール袋を軽く持ち上げ、主人へと捧げた。
すると主人はその目を見開き、袋を見やった後、客の方をジッと見やる。
「あ、ありがとな・・・。」
これに礼を述べつつ、主人が袋を受け取ろうとしたらばだった。
「本当に、風邪引いてたんだ。」
「え?」
微かな呟きに、主人は手を止め首を傾げる。
「ううん。何でもない。いきなりで、本当にごめんね!」
「・・・ミリアリア?」
そしていきなり謝ってきた客に、訳が分からず顔を顰めた。
するとそんな主人を見やった後、ソイツはフッと表情を緩めて。
「風邪、早く治しなさいよ?」
「って・・・あ、あぁ。」
「季節外れの風邪は性質が悪いっていうし、しっかり身体休めなさいよね!」
これに主人が沈黙。
一方的な会話の流れに、どう対応しようか迷ったのだろう。
だが同じく沈黙した客を前に、やがてペースを取り戻したらしい。
 
「あのさ・・・じゃあ、しっかりと風邪を治す為にもさ。」
「え・・・?」
「買ってきてもらって言うのも難なんだけれど、林檎・・・剥いてくれない?」
俺、剥くの苦手だから・・・。
これまた唐突に告げた主人に、客の目が瞬いた。
そして何とも言えない空気が辺りに漂う。
俺はそんな両者を交互に見やった。
「いきなり、何甘えて・・・!」
「駄目か?」
躊躇う客、そして微笑んだ主人。
そして『まぁ、無理にとは言わないけれど』と告げると、再びゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫だって。疚しい気持ちは一切無し。単にそう・・・もう少し一緒に居たいだけだから。」
「っ・・・ディアッカ。」
「流石の俺も、この状態で女を襲う気になんてなれませんて。」
「っ!?」
最後の一言にギョッとその目を大きくした客だったが、やがてフッと顔を緩めるとだった。
「何を言っているんだか!」
そう言いながらも、玄関ドアを大きく開き誘う主人の方へとゆっくりと身を近づけてきたのだ。



俺はそんな目の前の男女に目を細める。
もしかすると・・・この女は最近飼い主の思考を混乱させていた張本人であろうか?
今までの遣り取りと彼女名前、そして背後から見つめる主人の眼差しにそう思い至る。
だが、ならば此処で易々とテリトリー内に入らせてしまったら不味いだろう?
そう、まるであの時のあの黒ネコのように、主人が周りの事など目に入らない状態になってしまったらだ!
・・・困る!いや、断然困る!
そのように判断した俺は、玄関へと侵入してきた女に向かいけたたましく吼えてやろうとしたのだ・・・が?
当の女は玄関口で俺を見つけると、ゆっくりと腰を落としてきた。
そして『犬、飼ってたんだ』と主人に向かい述べると、ソッと俺へと片手を伸ばしてきてだ。
「可愛い!」
ジッと俺の目を見つめ、話しかけてきたソイツ。
「綺麗だし、凄く賢そうな仔ね。」
そのまんざらでもない批評に『フン!』と大きく鼻を鳴らしつつも、俺はとりあえず客の手の匂いを嗅いでみた。
途端にフワリと鼻に香ってきたのは、シャボンの匂いとそれから・・・?
「イザーク、退けよ?其処に居たらミリアリアが通れないだろ?」
だがこの粗野な主人の言葉に、俺は『何だと!?』と顔を顰める。
退けとは何だ!退けとは!
そして不満を露に、主人を見やればだった。
其処には玄関にて靴を脱ぐ客へとばかり、強く意識を向けている男が一人。
あの黒ネコ同様、どうやら既に俺という存在を意識の中から忘れ去っているようである。
・・・貴っ様ぁ・・・!
大きく苛立った胸の内。
だがそんな俺を抑えたのは、他でもない、侵入者として排除しようと思っていた客の方であった!
「大丈夫よ、イザーク?貴方は退かなくても通れるから。」
靴を脱ぎ終えたらしい彼女は、柔らかな声で自分を見つめそう言ったのだ。
この対応に、『フム!』となるこの胸。
そしてささくれ立っていた気持ちを抑え、俺はそんな彼女をジッと見つめながら思う。
・・・まぁ良いだろう!
全てが良しとは言えないが、少なくともこの客に対する警戒心は解いてやろうと思った。
何より先程嗅いだ手の匂い、そこには実に優しく、そして心地が良い犬の匂いがしていたのだから!
この客は、自分を邪険にはしないだろう!
そう、恐らく自分のように誰か(イヌ)と暮らしているのかもしれないと、そんな予感がして。
ただ問題なのは・・・。
・・・心此処に在らずな主人(オス)の方が曲者か。
妙に浮かれ気味な男・・・先程まで、あんなにも後ろ向きな事を口走っていたというのにだ・・・を遠目にしつつ、俺は玄関の冷たいフローリングの上にソッと身を伏せた。
俺はああはなりたくないな!と、そんな風に思いながら。

――彼の苦悩はまだしばらく続く・・・。




                            ~Episode of a dog   完~
 

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