まさかのまさか、12月になってしまいました(大汗)。
更新、遅くてすみません!
そして長くなってしまったので、一旦途中で切りました。
次で最後になります。
では、興味のある方は↓へどうぞ!
苛立ちが滲み出ているような、机に肩肘をついた状態で、彼は低く誰にとも無く口走る。
「もう直ぐ入社してから9年目!今後はより多くの部下を率い、一層のキャリアアップを目指すべき、そんな奴がだ・・・!?」
それは会社内では見た事の無い姿だった。
沈着冷静な人の、驚くべき一面。
そして荒々しく吐息をつくと、彼はチラリと此方に目を向ける。
だが呆然となっている私に気付くと、一旦冷静さを取り戻すかのように軽く視線を逸らせた。
けれどまだその顔つきは穏やかとは言い難く、眉根が寄ったままだ。
「アスハも!」
「え?」
「いや問題の大元はアイツにあるんだろうが、こんな状態での業務に、どうして耐えていられるんだか!?」
本当にどういう事なのだろう、苛立ちは此方にまで飛び火してきた。
「いや、あの・・・?」
小首を傾げた自分の手前、彼はしばし沈黙した後、今度は一つ深く息をついた。
そして再びゆっくりと向いた碧色の瞳。
「そもそも、どう思っているんだ?」
「へ?」
そして唐突に投げかけられた言葉に、私は目を瞬いた。
どうって、何の事をだろうか!?
訳が分からず問い返そうとしたものの、一瞬早く彼の声が耳に届く。
「ユウナの事、だぞ?」
「はあ・・・。」
「このままだと色々と遣り辛いだろう?大体、ふられた腹いせに仕事でネチネチと突かれていては・・・。」
「ふられた腹いせ!?」
此処で私の思考は急停止する!
すると彼もまた動きを留め、不可解そうに首を捻った。
そして確かめるかの如く、ゆっくりとした口調で話しだす。
「いや、アスハはユウナからの申し出を断ったんだろう?」
「それは、はい。」
「ということはだ。」
話しかけたところで沈黙が落ち、私はキョトンとしつつ彼を見つめ返した。
どうやら自分の反応の悪さが原因らしい。
とはいえ、確かにユウナ・ロマの誘い・・・夏の遊びは断ったけれども、だからといってあれが・・・まさか?
「え?でもアレは、別にそんなんじゃ無かったと思うんですが。」
ポツリと口にした言葉に、目の前で部長は完全に静止する。
そしてあの碧色の瞳がスッと細まっていった。
「いや、だって、私は単純に遊びに誘われただけで。」
「あのな。男が女性独りきりを誘っている場合、これ即ち特別な感情有りと取って然るべきだろう?」
「それは・・・でも、あのユウナさんが?」
ちょっとナルシスト気味で、寧ろ女らしく可愛い人を好みそうな気がするのに・・・まさか!?
どうにも納得できない。
とはいえ、あの誘いを断った直後ぐらいから、ユウナ・ロマの態度は硬化していったのだが。
「でも特に、付き合いたいとか、そいういう言葉を言われたわけじゃないですし。」
ふられたという表現は可笑しいのではないだろうか?
私はそう思い口にした、途端に目の前の彼は呆れたような眼差しを自分へと向けてきた。
「こういう事を俺が口にするのはどうかとも思うが、アスハ、お前・・・結構疎いな。」
「なっ、何でですか!?」
「アイツがいつもどんな目でお前を見ているか、気付いてないのか?」
思わぬ言葉の連続に、私の頭は素早い対応が出来なくなっていた。
そもそも、ユウナ・ロマが私に特別な感情を抱いていた(いる?)という事すら呑み込めないでいるし、その人からの視線なんてこれっぽっちも感じた事がないのだ!
しかも目の前、それも男性から、(恐らく恋愛に)疎いだなどと言われてもだ!
「そ、そんなの、全然知りませんし!」
悔しさ混じりで早口にそう言うと、私はお冷をグイと喉に流し込んだ。
彼から指摘されたことに内心で動揺、妙な焦りとプライドが迫り出し自分の心を覆っていく。
「ハッキリ言っておきますが、私は部長の言うような事を一切感じた覚えがありません!彼とは単なる先輩後輩の中ですし、仕事は仕事、プライベートはプライベートです!」
まぁ、実際には連日、ユウナ・ロマからの嫌味に胸を痛めてはいるのだけれども。
しかし社会人としては雛っ子だろうが、たかが恋愛事(?)で上司に泣きつこうだなんて、そんな柔な人間にはなりたく無い!
生来の意地っ張りで、意を決して真っ直ぐに彼へと向き直れば、何故か其処には何処か優しい眼差しを讃えた人が居た。
本当に、何なんだろう?
「あの、もしかしてからかってます?」
心の底から呻くように述べた私の前で、部長はその整った顔をフッと崩し笑った。
そして『いや』と直ぐに否定、それからスッと自分を真っ直ぐに見つめてきた。
その何処か意味有り気な眼差しに、絡め取られる意識!
「変わっていないな。」
そう言った部長に、私は混乱しつつも平静さを保った。
この人はかなりの曲者だ。
初めて出会った時もそうだったが、間近でその瞳に見つめられると息をするのも忘れそうになる。
「何がですか!?」
「ん?いや、覚えていないか?」
その懐かしむような口調に、頭の中でクエスチョンマークだけが増えていく。
全てが彼のペースに嵌ったまま、抗えない私。
「忘れもしない、2年前の入社式直後の事だ。歩いていた自分へと、金髪の女子社員が激突してきたんだが。」
何処か楽しげにそんな事を話しだした彼。
「あの時の女子社員と、今のアスハと、全く変わらない目をしているなと思って。」
覚えてくれていたんだという驚きはあれど、やはり羞恥に頬がカァと熱くなる。
これは自分を見つめ放さない碧色の瞳の所為もあるのだろうか?
「あの、念の為に聞いておきますが・・・それは一体どんな目です?」
「キラキラとしていて、何処までも真っ直ぐな目だよ。」
答えた彼に、私は溜まらず頬に手を当てた。
頭はショート状態。
いや、面と向かってあの時の失態を話されているという事もだし、キラキラとか、そういう表現を使われた事とかもだ!
恥ずかしさやら何やらで反論する言葉すら出てこない私の手前、彼はコホンと咳払いをした。
「あれから、もう2年か。」
そして顔を逸らして呟いた。
自分で言っておきながら、彼もまた気恥ずかしくなったらしい。
ようやく自分から逸れていった視線にホウと息をつきつつ、私はソッと両目を閉じ、何とか平静を取り戻そうとする。
店の壁に取り付けてある時計は、もう間もなく9時半を指そうとしていた。
中華料理屋からの帰途は、地下鉄の駅まで互いに並び歩いた。
先程までの妙な会話もあってだろうか、部長はただただ無口。
ちらりと見やったその顔つきは固く、まるで何かを考えているかのようだった。
「部長はヴェサリウス線でしたっけ?」
何気に話題を振り、私は無言のこの場に一石を投じる。
そして此方を向いた碧色の瞳を、真っ直ぐに見上げた。
「あぁ。アスハはヘリオポリス線だったな。」
すると意外にも、私の使う地下鉄線を知ってみえたらしい。
多分、その優秀な記憶力故であろう。
「最近、ヴェサリウス線って色々あって遅滞する事多かったですし、大変でしたね。」
最近あった地下鉄での諸事・・・停電やら車との接触事故のニュースを基に話せば、彼は鈍く頷いた。
そして『実はな』と話し出す。
「ここ最近は実家から通っていたから、災難に遭わずに済んだんだ。」
「へえ、御実家から?」
「うん。アスハと同じヘリオポリス線でな。」
「え!?」
知らなかった事実に驚きつつ、何となく動揺するこの胸。
どうやらご実家がヘリオポリス線のガイア駅付近にあるらしい。
そしてガイア駅と言えば、自分の乗り降りする駅の一個次である。
つまり同じ電車に乗っていた事があったかもしれないという事で・・・。
「なんか、びっくりです。」
『知りませんでした』と素直に口にすれば、彼は苦笑した。
当然、通勤時は膨大な人が利用しているし、私自身、朝は大体が惰性で動いている。
同じ時刻、同じ車両に乗り込むとかでない限り気付かないだろう。
いや、そうと知っていれば、ホームの中を隈なく探したりもしたのだろうけれど。
独りそんな風に思いながらふと顔を向ければ、彼の瞳と目がかち合った。
これに思わず目を見開いた私の手前、ゆっくりと逸らされた視線と、途切れた会話。
私は胸に手を当て、目を瞬く。
果たして今の眼差しは何だったのか?
五月蝿い鼓動が耳を覆う。
そしてそのまま、しばし互いに沈黙。
間もなく駅の入り口が見え出す辺りになるまで、カツコツという靴音だけがこの場を覆っていた。
だが丁度駅前の信号が赤になり、共に歩みを止めた直後の事。
「今日も実家の方に帰るつもりで居るんだが。」
周りは金曜日の夜という事もあってか、かなり多くの人が行き交っている。
既に呑んできたのであろう、陽気に騒いでいる一団が遠目に居たりもして、夜だというのに雑音が凄い。
「どうせなんだ、もう一軒、何処かで呑んでから帰らないか?」
上手く聞き取れず、私は『え?』となり顔を傾けた。
すると何とも形容し難い顔つきで、彼は此方を見やる。
「ザラ部長?」
「この直ぐ傍に、良い店があるんだ。アスハもどうだ?」
自分を真っ直ぐに見つめた碧色の瞳。
その目にドクンと心臓が跳ねた。
誘われている!?
そう分かったのと同時に、波打つ意識。
今晩は空いているんだろう?
一応確認の如く尋ねてきた彼に、私の意識は更に上擦った。
「そ、そりゃ空いてますけれど。」
「うん。なら、どうだ?」
逸れる事無く自分を見つめるその瞳が、まるで魔法をかけているようだった。
いや、これは私の中に潜んでいる願望なのか!?
だって二人きりでお酒を呑むという事は、もしかしたらもしかして!?と、自分の中で酷く特別な想像を描き立てる!
思わず目を白黒させた自分の手前、彼は小首を傾げた。
「アスハ?」
これにハッとなり、私は赤面しつつ胸の内の疾しい妄想を振り払った。
無い無い無い!
彼みたいな人が私にそんな事を望むだなんて、有り得ないだろう!?
そうじゃない、単に彼は私を労ってくれようとしているんだ!
そうじゃなければ、他にどんな理由があるというのか!
「まあ、少しぐらいなら。」
そして光栄にも誘われたという気持ちを胸に、私は彼へと返事をした。
するとやや妙な間の後、フッと華やいだ彼の顔!
「じゃあ、行こう。」
踵を返し、少し前に通り過ぎた脇道へと向かいだす彼。
私は跳ねる鼓動を耳に、後に続いた。
[25回]
PR