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06/21/12:33  陽だまりの仔 8


やがてカガリの飼い主が迎えにやって来た。
颯爽と駆け寄っていくその後姿に、微笑みつつも一抹の寂しさを覚えたこの胸。
共に過ごしていた時間が、アイツと一緒に居ると新しい発見の連続で・・・。
「ヤマトさんには何てお礼を言ったらいいのか。」
此方の急なお願いでしたのに、本当にありがとう!
カガリを胸に抱きかかえた彼女は、我が家の主にそう言って頭を下げた。
主人はこれに目を細めると、『これぐらいの事ならば・・・』と言い、彼女の腕の中に居るカガリへと手を伸ばし、その頭をヨシヨシと撫でた。
「アスランも、凄く楽しかったみたいだしね!」
次いでそう言い、『そういえば!』と嵐の日の事を話しだした。
これに『まぁ!』と彼女・・・ラクスは丸い瞳を更に見開いて、『そうでしたか』と華やかに微笑む。
そして俺へと向かい、ゆっくりと身を屈めてきたその人。
「アスラン?」
名を呼び、柔らかく俺を包み込む白い手。
チラリと腕の中に居るカガリに目を向ければ、アイツも朗らかに微笑んでいた。
「嵐の中、怖がるカガリの傍で、ずっと寄り添ってくれていたとか?」
彼女は俺の頭部を心地良く撫でた。
途端に甘い香りが鼻に感じられ、ほわんとした柔らかな感覚が胸に生じる。
「ありがとう。アスランはカガリの騎士みたいですわね!」
キシとは何なのか?
聞いた事のない言葉に目を瞬きつつも、だが恐らく良い意味の言葉なのだろうと、その丸い瞳を見上げ俺は判断をした。
そしてにゃーおと一啼きしてみせればだった。
ふふと彼女は楽しげに笑い、隣に居た主人と目と目を合わせ共に微笑む。
其処には甘くたるい空気が漂い、カガリもまた此方を見やりはにかむように笑っていたのだ。


 

この間、カガリが訪れていた時から、季節は確実に移り変わっていく。
昼寝に適していた窓辺はもはや灼熱の地獄と化し、最近はもっぱらリビング内、そよそよと風が吹き行くフローリングの上が心地良い。
そして昼下がりの長閑な時間の中、俺は食後のまったり感も相まってのんびりと寝転がっていたりしたのだが・・・?
ソイツ等は突然にやって来た!
玄関チャイムが鳴り、出迎えに行った主人。
この時の俺はすっかり警戒心も薄れ、半ば夢の世界へと旅立っていこうとしていた時だった。
「ディアッカ?」
何をか驚いたような主人の声が聞こえはしたものの、俺は寝そべったまま、頭と身体が分離したような状態。
「どうしたの、こんないきなり?」
「ああ、これ!お前会社に忘れていっただろ?」
「え?って、何?わざわざ持ってきてくれたわけ?」
「いや、まあな・・・ああ!それと、これもだ!」
『わざわざ手土産まで?』とかなんとか主人が言い、その後にやや妙な沈黙があった。
そして数秒後。
「実はさ、ちょっと相談したい件があってだな・・・。」
「・・・じゃあ、折角だし上がっていく?」
『ん?』と意識のアンテナが働いたのは、『悪いな!』という声と共に、ゆっくりと此方に向かい歩み寄って来た足音によってだった。
何だ?と思い瞼を開けていけば、そこに居たのはだ!
「イザーク。頼むから静かにしていてくれよ?」
・・・何でこいつが此処に居るんだ!?
それはいつかの銀色毛むくじゃら犬の飼い主であり、しかもその腕の中にはである!
行儀良く抱かれてはいるものの、既に俺の方を鋭く察知しているようなその犬に、俺は唖然となりつつも鋭い視線を向けた。
寝ぼけ眼であり、今だ気だるい感最高潮ではあったもののだ。
ソッと腰を起こし、身構える。
逃げるほどの相手ではない!
だが、そう・・・一応だ!
「で、何?一体どうしたの?」
尋ねた主人の手前、毛むくじゃら犬の主は言い難そうに顔を顰めた。
だがやがて意を決したように口を開くと、『あのさ、お前さ・・・』と上目遣いに主人を見やる。
「ウチの会社の広報部に居るミリアリアと、同じ大学出だったよな?」
「へ?あぁ、うん。」
男の言葉を聞きやや目を見開いた主人。
そしてまた妙な間が空いた後にだった。
「そう、実は・・・彼女を含めた数人で、この間一緒に飲みに行ったわけなんだが、そこで俺の仲間が彼女の事を酷く気に入ったらしくてな!」
「うん。」
「それでソイツがさ、彼女について色々知りたいって言いだしてだ!」
お前ならば、ミリアリアについて何か色々と知っている事とかあるんじゃないかなと思ってな!
そのように述べた相手に、我が家の主は小首を傾げた。
そして『ふーん』と呟く。
「まぁ、彼女とは大学の時に同じゼミに所属していた事もあったし、それなりに知っては居るけれどさ。」
「お。おう。」
何故か軽く身を糾した目の前の男を見やり、主人は両目を細めた。
けれどすぐにあっけらからんとした顔に戻すと、やや思い出すように斜め左上を見やる。
「そうだね、凄く気の利く娘だと思うよ。決して気が強すぎるってわけじゃないし、サバサバしていて話し易いし。」
「うんうん。」
「見た目も可愛いしね。でも・・・。」
「でも?」
此処でフッと表情を歪めた相手に、我が家の主人は思い遣るような目を向けた。
同情とも苦笑とも取れる顔つきでだ。
「確か付き合ってる彼氏がいた筈だよ?」
この一言に、男の顔から表情が失せる。
「そう・・・か。」
付き合ってるヤツが居るのか。
誰にとも無く呟いたその顔は、まるで膨らんでいた風船が萎んでいくかのよう。
「ディアッカ?」
名を呼んだ主人に、男はハッとなる。
「ん?」
「大丈夫?」
「あぁ・・・って、何がだよ!」
ハッとなり顔を取り繕った募る男を前に、微笑んだ主人。
だが直ぐにその顔を引き締めるとだった。
「あのさ。」
「何だよ?」
「そう、確定情報じゃないんだ。でもね・・・実は今、ちょうど彼氏と別れそうだとかなんとか、そんな話を小耳に挟んでもいるのだけれど?」
突如そう告げた主人に、男は見事に固まった。
そして一瞬後、『それは本当か!?』と身を乗り出してきたソイツ。
これに『はぁ』と大仰に溜息をつくと、『さぁね、嘘つきには教えてやらない』と主人はソッポを向いたのだった。



数分後、妙な膠着状態だったリビング内の空気も解れ、ようやく会話を再会した主人達。
けれど其処には、微妙な優劣関係のような雰囲気が見て取れるようだった。
素直に心情を打ち明けた男を前に、軽く上から目線を向ける我が主人。
見た目からすれば、明らかに男の方が長身で強そうな体格をしているというのにだ。
「でも、ディアッカ?」
「ん?」
「いつも君が相手にしている娘達とは、随分とタイプが違うようだけれど・・・?」
そんな事を述べた主人に、沈黙する相手の男。
そしてしばらくの後『それはな』と言い、更に『分かってるさ』と小さく口にする。
「ミリアリアは遊びの相手に向かない娘だって事、分かって居るよね?」
告げられた男は、軽く両目を瞑った。
「確かに・・な・。」
その声には、何処かしんみりとした雰囲気が漂っていた。
どっちかっていうと、楽しい事に重きを置いてきたし、来るもの拒まず、去るもの追わず。
その日その日のアバンチュールに酔いしれていた時もあったしな、と。
「でも、な。最近、そういう付き合いに虚しさを覚えたりするようにもなってきてさ。」
まぁ、好い加減、ちょっと先の事を考えるようになってきたのかね。
そう言って、男は小さく笑みを浮かべた。
これに小さく肩を竦めた主人。
俺も歳をとったって事かな?
茶化し苦笑した男に、主人はフッと鼻から息を洩らし、『そっか』と答えた。
 

――と、そんなこんな主人達の様を下に見つつ、ハアと一つ大きな溜息をつく。
長閑な午後。
『ちょっと』の訪問の筈が、あれから早1時間も経過している事に、アイツ等は気付いているのかいないのか?
俺は寝心地の悪い高場から、不満に満ちた眼差しを階下へと向ける。
・・・ったく!
込み上げてくる苛々に、俺は視線を移していった。
そう、もう一つの不満の要因へとむけて!
其処にはきゃうんきゃうんと、飽きる事無く吼え続けている毛むくじゃら犬が一匹!
本当に何なんだ!?
俺が何をしたというのか?
「おい!其処の貴様!降りて来い!おい!聞こえているんだろう!おい!」
誰が貴様だ?
苛立ちそのままに銀色のソイツに鋭い視線を向けてやれば、途端に啼き声はヒートアップ!
・・・何をそんなに喚く必要があるのか!?
一々相手にするのが面倒で、ソイツの目につかない高場にて距離を取っていたのだけれど・・・。
もう我慢の限界である!
1メートル程の距離を空けて床に着地した俺は、ご要望に応えてやったぞとばかりの目を向ける。
すると銀色毛むくじゃら犬は、グッとその目を鋭く尖らせつつも、何処か満足そうに口端を上げた。
「ふん!ようやく降りてきたか!」
「一体、何なんだ?」
人のテリトリー内に乱入(しかも快眠を邪魔!)してきた挙句に、近所迷惑も甚だしく啼き喚くとは!
帰れ!
今直ぐに、此処から出て行け!
俺は喉元まで競りあがってきたその言葉を、辛うじて押し留めた。
確かに体格は向こうの方がやや大きいかもしれないが、動きの点で言えば自分の方が有利であろう!
自分には優れた脚力と鋭い爪がある!
向こうの突進と鋭い牙さえ避ければ、勝機は充分!
・・・争おうというのでならば、受けて立つ!
「ギャンギャンと五月蝿く吼え続けているのには、それなりの理由があるのか?」
余分な労力は要したくないが、それとなく挑発をしてやった。
すると瞳を更に鋭く尖らせ、鼻先に皺を寄せたソイツ!
「気になっていたならばさっさと降りて来れば良いものを。臆病な奴が大きな口を叩くな!」
何を!?
随分勝手な捉え方をしてくれる!
そう思い、俺は背中をやや隆起させた。
本当に何処までいけ好かない奴なのだか!?
そして低く威嚇の声を発した。
これに、向こうもグルルと白い牙を見せる。
正に一瞬即発!
何かの切欠でもって、お互いに飛び掛らんとしていた、その時だった。
「って、オイオイ?だからイザーク。お前は落ち着けって!」
そう言って、パッと銀色毛むくじゃら犬の胴体を掴み、抱え上げたのは向こうの飼い主だった。
どうやら事態を察して、慌てて駆け寄ってきたらしい。
「相手は猫だぜ?そりゃ確かに黒くて、ちょっと強そうには見えるけれど、お前が相手にするような奴じゃないだろ?」
ナニ!?
何だと!?
愛犬を諌める為に口にした言葉だったのかもしれないが、この時の俺には酷く気に触った!
全く、犬も犬ながら、飼い主も飼い主だ!
俺は戻しかけた背中を、再び元の山型へと戻す。
だが直後、ソイツの腕の中にて叫んだ銀色毛むくじゃら犬の言葉に、『ん?』となり『なんだ・・・』とやや気持ちが緩んでいった。
何故ならばだ!
「何が落ちつけだ!?そもそも、貴様が俺を勝手に此処に連れてきたんだろう!?人が気持ちよく昼寝をしようとしていたというのに!それを・・・可笑しくも色恋に意識を染めやがって!!」
「・・・。」
「こっちはいい迷惑だ!大体、人の飯すら時間を忘れる程に現を抜かしおって!」
飼い主の腕の中でギャンギャンと吼え捲るソイツに、この胸が奇妙にストンと落ちる。
あぁ、そうか。
コイツも色々と大変なんだな。
自然とそんな言葉が胸に浮かんだ。
途端に失せた戦闘心と、喚く目の前の存在に、妙な同情心が沸いたのだった。



最後に・・・拍手コメントへの返信☆☆

なつめ様へ!
暖かい御言葉をありがとうございます^^
続きもどうかお楽しみいただけるよう、頑張って書いていきますので!


  

 

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