ろくな反応も示せないまま、ただ立ち尽くした俺の視界の先、グッと陽の色をした瞳が細められた。
だが直ぐにパッと丸さを取り戻すと、奴は何故かニッコリと微笑んだ。
そして何も言わずに俺の前へと飛び降りてきた。
光を孕ませたその身を、しなやかに動かせながら・・・。
『カガリだ!』
そう言って笑ったアイツの顔が、フッと浮かんでくる。
今日も快晴、外は眩いばかりの陽光が煌いている。
俺はいつもの場所にてまどろみながら、この間の出来事を思い出していた。
そう、あの日・・・。
スタスタと鼻先まで歩み寄って来たソイツは、至近距離にて俺の事をジッと見つめてきた。
その揚々とした態度に、二重に戸惑ったこの胸!
何より、煌く双眸は勝気そうで、手強そうだと思えたから。
・・・コイツ・・・!?
胸に宿った不和感。
大体、最初の一声からして気に喰わなかった。
『ヨッ!』だなんて、ちょっと馴れ馴れし過ぎだろう?
挨拶たるもの、相手を顕す基本だ!
いけ好かない奴とまでは言わないが、どうにも自分の感覚と合わない気がした。
だからそのまま、しばらく何も言わず見つめ返していればだ。
やがてアイツの方がゆっくりと目を逸らし、主人達の方へと顔を向けた。
その明らかに自分から意識を背けた姿に、俺はやや優位に立てた気がして・・・。
しかしこの直後!
当のソイツは、微笑み見つめている飼い主等を確認した後、再び俺へと向き直ってきてだ!
そして数秒後、なんと自分の脇を掠めてトコトコと奥に歩み行こうとするではないか!
・・・なっ・・・!?
この行動に俺は目を瞠り、そしてムッとなっていた。
此処は俺のテリトリーだぞ!
それなのに!?
『何処へ行くんだ?』
思わず声をかけた。
だがソイツは歩みを止めず、尚も奥へと向かい歩み行こうとする。
『おい!?聞こえないのか?』
更に顔を顰め声を荒げれば、ようやく動きが留まった。
そしてやや離れた所にて、此方を振り返り見てきたあの瞳!
それはやはり今日のこの陽射しの如く、眩い光を放って見えた。
キラキラキラキラ。
けれど苛立っていた俺は、尚も何をか言い告げようとしてだ。
『ようやく口を開いたな。』
いきなりそう言うと、呆れた顔つきをしたアイツ。
『何にも喋らないから、てっきり私には興味が無いのかと思ったんだ。』
三度、俺は言葉を失っていた。
正直、自分の感覚や概念を越えた存在だったと思う。
そう、俺はアイツの言葉にただただ呆気に取られていた。
いや、鮮やかに自分を見つめた、金色の珠に・・・。
・・・今頃、アイツは何をして居るだろうか?
ふとそんな事を思い、俺は苦笑する。
妙に気が強くて明るくて、けれど何処かおっちょこちょいで・・・目が離せない奴。
何故だろう、考えるだけで可笑しく思えた。
俺と同じで日向ぼっこか、それとも・・・?
「アスラン、ご飯だよ!」
その時、呼ぶ主人の声がして、俺はピクリと耳を動かした。
気が付けば陽も傾き、辺りを覆う光の色が変わりつつある。
内心『あれ?』と驚きつつ、のっそりと腰を上げた。
どうやらボーっとしていたようだ。
もう夕暮れ時。
トコトコと食事場である台所の脇へと向かい行けば、皿を片手に佇む主人の姿が見えた。
これに俺は、『来たぞ』と一啼きしてみせる。
何処か間の抜けたような声が出た。
「はい。どうぞ!」
やがて目の前に置かれた食事の器。
たるく目をやった俺は、今だ空腹感には至らず、緩慢な動きで顔を近づけていった。
だが・・・直後に鼻を襲った臭いに、『ウッ!?』となり、ギョッと目を瞠る!
これは何なんだろう!?
漂う異臭に、思いっきり顔を顰めた。
いや、いつも食べている食事と似ては見えるものの、この独特な臭いは明らかに違う物であろうと思われたから!
・・・どうなんているんだ!?
俺は非難の気持ちを目一杯込めて主人を見やる。
そして大きく一啼きした。
すると脇でしゃがんでいた主人は『ん?』という声を発し、緩やかに俺の方を見やる。
「何、アスラン?どうかした・・・?」
しかし肝心の主は、未だこの違いに気付いていないらしい。
いつも以上にたるんだ眼差しでもって、自分を見つめている。
まぁ、この状態になってもう久しいから、敢えて突っ込みを入れる気にもならないが・・・!
・・・この食事は何なんだ!?
ジッと恨みがましい目で見上げてやる。
「ホラ、早くご飯を食べちゃいなよ?」
だが未だ気付かない。
尚もそんな事を口にして、ニッと要らぬ笑みなどを浮かべるコイツ。
そのまま動かず、唯ジッと自分を見つめた俺に、ようやく妙だと気付いたらしい。
『あれ?』と小首を傾げると、主人はその目を瞬き、ややあってからパッと眼下の皿へと目を向けた。
そしてグッと顔を顰めると、皿を手に取り、それから台所の方へと向き直る。
「あ・・・あぁッ!ごめんアスラン!間違えた!これ、キャットフードじゃなくてサバ缶だ!」
叫びわたわたとレンジ台の方へと戻っていくその背を見送りながら、俺は深く息をついた。
ったく・・・!
しっかりしろよな?
どうにもこの間の来客以来、可笑しな状態が続いている主人に呆れと・・・それから微かな同情を覚えたのだ。
[2回]
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